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金色の雨の中で、完璧な笑顔だった彼女

金色の雨の中で、完璧な笑顔だった彼女

新たに手に入れた、「民宿 世界食堂」建設の予定地。

カラマツが生い茂っているので、伐採を業者さんに依頼しました。

戦後、日本では、将来の需要を見込んで、大規模な植林活動が行われました。

育苗が容易で、根付きも良く、成長が早いカラマツは積極的に植林され、特に長野県では造林面積の半分を占めることに。

ですから、信州の風景はカラマツによって成り立っているといっていいくらいで、思い出の断片には、しばしばカラマツが登場するのです。

豊かでつやっぽいカラマツたちが、朝日を受けるところ、夕日を浴びるところ、風で揺れるところ、月光に光るところ、すへてが美しい記憶として残っています。

 

89年の夏は、樹上に燃え上がるいくつもの炎を見た

20代の後半を、僕は松本市で過ごした。

北アルプスの膝元に暮らし、週末ごと、テントを背負い、山を歩き回る日々。
しかも平日は、環境保全に関する仕事に携わっていたため、国立公園法に基づくパトロールや、遊歩道の整備など、環境庁 (現 : 環境省) のパーク・レンジャーとともに足繫く上高地に通い、生活の大半を山中で過ごしていた。

初夏、カラマツが芽吹く頃は、薄緑色の若葉がいっせいに繁り、それはまるで、樹の上で緑の炎が燃えているかのよう。

そんな高原の夏は、足早に過ぎる。

そして迎える秋。

 

忘れられない、秋の風景が、ある。

11月初旬、上高地を日没後に訪れたときのこと。

シルエットになったカラマツ林の背後に、雪をたたえた鋭い峰がいくつもかさなりあい、そびえている。

夜空に浮かんだ月が、高い位置にのぼった。

月は峰を静かに照らし、雪が青白く光っていた。

銀色に輝く月の背後を、ゆっくりと流れていく黒い雲。

月明りの底でカラマツが擦れ合う音が、遠く、近く、耳に届いてきた。

 

金色の雨の中、完璧な笑顔の横、僕はいた

 

1990年の春、僕は、デビュー間もない「ユーノス・ロードスター」を注文した。

半年後、ようやく納車。

 

慎重に慣らし運転を終えた僕は、松本市から安房峠を越え、飛騨高山をめざすドライブに、憧れの女の子を誘い出すことに、成功した。

 

秋がすでに終わりつつあることは明らかだけど、冬がはじまるには、まだ少し時間がある、そんな微妙な中間の季節。

 

きれいに晴れた、日曜日だった。

 

国道158号、つづら折りの峠道を上るにつれて、周囲の山々は眼下へと下がっていく。

 

休憩のため、僕は国道をはずれ、カラマツが茂る林道に車を乗り入れ、エンジンを切った。

 

冷えていくエンジンが発する、カンカンという金属音に、カラマツの梢がこすれ合う、キィキィという鳴き声が、時折り重なった。

 

車を降りた僕たちの頭上には、風が渡るたび、カラマツの枯葉が、雨のように降ってくる。

 

「夕立ちみたいだね」

 

木立ちの切れ目をめざして、小走りしながら僕は、言いかけて、言葉を飲んだ。

 

靴こそスニーカーとはいえ、ベージュの薄いジャケットにチェックのスカート、カチューシャで前髪を留めた彼女を、こんな山中へ案内したことに、僕は後悔を感じ始めていたのだ。

 

今でもそうだが、昔から僕は、なんだか少しズレているし、判断が悪いようだ。

 

木立ちが途切れると、景色が開けた。

見下ろす山肌には、すでに鮮やかさを失った紅葉が、ぺったり張り付いている。

 

季節外れの紅葉を見ている彼女、その隣に、僕はぎこちなく立って、会話の糸口を探した。

 

「小学校の頃にさ、食パンを机に入れたまま忘れちゃうって事、なかった?

1か月たって、カビだらけで出てきた食パンに似てると思わない?

あの紅葉の山って」

 

全く気の利かない、だけど精いっぱいの僕のジョークに、端正な顔立ちの彼女は、ニコニコ笑っていた。

 

きれいに通った鼻筋と、薄く紅をひいた口元に、深い笑いじわを刻みながら。

 

背後には、金色に光りながら降る、カラマツの雨。

 

カメラを持ってこなかったことを、僕はつくづく悔やんだ。

スマホなど空想外、ポケベルが珍しかった時代のことだ。

 

「この次は、絶対、カメラを忘れないようにしなきゃ」

彼女の横顔をチラチラ見ながら、僕は、自分に言い聞かせていた。

 

だけど、「この次」が来ることはなかった。

 

金色の雨の中、透明な木漏れ日を受けて、笑顔を浮かべていた彼女。

 

彼女にとっては記憶にも残らない、些細な出来事だろうけど、その完璧な微笑は、僕の心の深いところに焼き付けられ、そして、秋は幾度も、巡っていった。

 

観光シーズンには渋滞で、越えるのに数時間もかかった峠道。

 

だが、1997年の安房トンネル開通により、ドライバーの多くは、峠の存在さえ気づくことなく、わずか5分で山麓を通り抜けていくようになった。

 

もはや、つづら折りの峠道に人影はなく、ただ風だけが渡っていることだろう。

カラマツの、乾いた香りをはらんで。

 

今となっては、もう正確な場所を思い出すこともできないけれど…。

秋が行くたび今でも、金色の雨は、降っているのだろうか。

 

二人、肩を並べた、あのカラマツ林に。

 

そして、伐採完了

思い出すと何だか、しんみりしてしまいました。

今も、目の前にはカラマツの林。

 

カラマツは繊維が螺旋状に育つため、割れや狂いが生じやすく、板材としては使いにくい反面、硬くて丈夫なので、杭木や電柱として使う予定で植林されました。

 

そして迎えた収穫期。

杭木の需要はなくなり、電柱はコンクリート製にとって代わられていました。

 

時代の波に翻弄されたカラマツたち、しかし運命を受け入れ、静かに佇んでいます。

 

「寿命をまっとうしろよ」

カラマツたちに語りかけ、僕は潤んだ目元を悟られないよう、サングラスをかけ、トレンチコートの襟をたて、立ち上がった。  (ハァ?)

 

そのときだった。

 

ヴィィィィィーン

 

チェーンソーの威勢のよい咆哮が響き渡り、伐採作業がスタートした。

 

「大久保さぁん、ここのカラマツは残しておきましょうかぁ」

 

「いえ、ジャマだから切っちゃってくださぁい。

大胆に、バッサリいっちゃっていいですよぉ。

バッサリとねぇ」(オイオイ)

 

かくして、カラマツの林は切り開かれ、広々とした青空が、顔をのぞかせた。

 

広葉樹は残そうとしたのですが、次々と倒木する巨大なカラマツたちの巻き添えを食って、ほとんど倒れてしまいました。

幹の上部が折れてしまったモミジを、移植してみましたが…。
根付くとよいのですが。

 

それはそうと、伐採の打ち合わせの際、車を脱輪させてしまいました。

伐採業者さんの車で救援してもらい、事なきを得ましたが、来年の本格的な建設作業に向けて、作業の安全確保に、気を引き締め直しました。

ワイヤーを掛けるフックの位置は、車種によってさまざまですね。

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