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ブラジルへ入国。国境の町コルンバに、哀愁の夜が更けて

夕べ22:30にサンタクルスを出発したバスは、目覚めると朝日の中を走っていた。今回も座席は2階の最前列を指定したのだが、夜行バスだったので景色は何も見えなかったし、高地を走る場合は前の窓からも冷気が来て寒そうだなあ。座席の指定も臨機応変にリクエストしよう、などと思ううち、キハロのバスターミナルに07:30到着した。

昨夜、バスターミナルで知り合ったブラジル人とタクシーに同乗して、国境のイミグレーションオフィス近くまで移動。

タクシー運賃は10BOB(160円)

町角の両替所で、手元に残っていた222BOB(3550円)を差し出すと、102BRL(3610円)に換金された。

 

08:20にイミグレーションオフィスが開き、一時間ほど列に並んで私の番となった。

ボリビア入国の際に渡された書類をパスポートと一緒に差し出す。
サンタクルスでの警官との一件>>>があったので、何か言われるかとドキドキしたが、難なく出国手続き完了。

ペルーに到着したばかりの頃は、南米の国境管理事務所が土日曜日に開いているのかどうかさえ疑問だった。そんな不安をよそに、ここまでスムーズに国境を越えてきたが、最後のブラジル入国、東海道五十三次でいうなら目的地の京都を目の前にした逢坂関で、審査の列が遅々として進まない。

二時間近く待ってようやく私の番になった。好天だったから良かったが、雨天時は屋外での待ち時間は苦痛だろう。

国境を通過する時は、時間に余裕を持って到着するに越したことはない。事務所が閉門時刻になってしまったら、国境の町で一夜を過ごさなければならない。

もう一つ不安だったのは、地球の歩き方ペルー06~07年版p407に「ボリビアのQuijarro(キハロ)からブラジルに入国する場合、ブラジル側の国境では出入国の手続きがされていない。コルンバ市内にある警察署で入国スタンプをもらってから国内を旅するように」との記載があったこと。

この点について係員に尋ねてみるが、キョトンとした表情を浮かべるばかり。確かに入国スタンプは今しがた押してもらったばかりだし、最近になって入国管理事務所が設置されたのだろう。

国境をスムーズに通過できるかどうか確証がなかったので、今夜の宿は予約してないのだが、入国審査の列に並んでいる時、ホステルのチラシを手渡された。渡りに船、これも何かの縁だろうと思い、チラシに印刷された「コルンバ・ホステル」を今夜の宿にすることにした。

事務所に隣接するバス停に、「Fronteira」と表示されたバスがちょうど入ってきて、折り返しコルンバ市街地に行くということでこれに乗車、11:30に国境を後にした。

バス時刻表 Itinerario(イッチネラリュ)は「旅程・スケジュール」の意
Linha (リニャ) は「線・経路」の意

運賃は前払いで3.25BRL(120円)。15分ほど乗っているうち、宿に近いと思われる公園が見えてきたので下車。
チラシの地図を頼りにたどり着いた宿は、民家の一部を旅行者に開放しているようで、フロントで何回も呼びかけるうち、ようやく中学生くらいの女の子が出てきて、宿帳に記入すると部屋に案内してくれた。

二昼夜バスに揺られっぱなしだったので、まずは熱いシャワーを浴びる。バスルームは広々としていて、ベッドルームも六人部屋だったが他に客はなく、結局ひとりで独占することができた。

プラグは日本と同じAタイプ

サッパリしたところで、サンパウロへのバスチケットを買うため、町の南端にあるバスターミナルに向かう。

コルンバの町は碁盤の目に道路が区画されて分かりやすい。道も広々としてはいるが、通行する車はまばらで、昼下がりの光の中に町はひっそりとしている。

バスターミナル近くのガソリンスタンドにATMが併設されていたのでバス代をキャッシングしようとしたが、日曜日のためなのだろう、扉はロックされて開くことができない。
ボリビアのバスターミナル窓口ではクレジットカードは使えず、現金のみの取り扱いだった。両替所も見当たらないこの小さな町で、現地通貨を手に入れることができるだろうか。

しかしそんな心配をよそに、窓口ではあっさりクレジットでバスチケットが購入できた。 282.73BRL(10,000円)

そしてこの後ブラジルで過ごすうち、この国が何とクレジット大国かということを思い知らされることになる。

バスターミナル南側の丘の上にはキリスト像。
眺望が良いとのことだが、行く際はタクシーを利用すること。

バスチケットを手に入れることができたので、ほっと胸をなでおろしてコルンバの町歩きを楽しむ。とはいっても、これといった見どころがある町ではない。町の南端にあるバスターミナルから北に30分も歩けば、パラグアイ河の雄大な流れに、町は途切れている。

パラグアイとは、インディオの言葉で「豊かな川」の意味らしい。ちなみに「ウルグアイ」は「曲がりくねった川」とのこと。

 

町はずれ、パラグアイ河畔に下っていく道路の一角で、一人の老人が写真を撮っていた。陽は大きく西へ傾き始めている。
目と目が合って小さく会釈をした私に向かって彼は、「ワシは毎日ここに来て、河に沈む夕陽を撮影するんだ」、多分そんな意味なのだろう、ポルトガル語で説明して何枚もの写真を見せてくれた。

そこには、さまざまに表情を変えるパラグアイ河の夕景が納められていた。

旅行者の多くは、国境越えの通過点として足早に通り過ぎてしまう田舎町、コルンバ。この町で彼は一生を過ごして亡くなっていくのかもしれない。

けれどその暮らしは、何年住んでも尽きることのない新しい発見に満ちた毎日なのだろう。

河をバックに私も一枚

通りすがりの町で名もなき名カメラマンにシャッターを押してもらった後、さらに道を下ると河辺の広場にたどり着いた。

夕闇が迫るにつれて、河畔の広場に店を開く屋台に、ポツリポツリと灯りが点り始める。

「アローシュ ナ チャパ   Arroz (ご飯) Na Chapa (皿)」と書かれた屋台で、チャーハン大盛りとビンビールを注文して夕食とする。

コルンバは、南アメリカ大陸の中央部に広がる熱帯性湿地「パンタナル」 (ポルトガル語で「沼地」を表す) ツアーの観光拠点となる町であり、 絶好の釣場として愛好家にとっては憧れの地でもあるらしい。

小さな町にそぐわない豪華な釣具専門店

すでにすっぽりと夕闇に包まれた河奥のジャングルでは、ジャガーが徘徊しているのだろう、などと思いながらボトルを傾けるうち、広場には音楽が流れて、あちらこちらに踊りの輪ができた。

地元の人々は毎週日曜の夜、こうして楽しんでいるのだろうか。

河からいい風が吹いてくる。音楽のように異国人の会話を聞きながら、ボトルを空ける。二連夜バスに揺られてきた疲れも手伝って、酔いがほろっと回り、ゆったりとした幸せな気分が満ちてきた。

宿へ引き上げる途中、坂道を上る道すがら、親の手を引く子供たちの歓声が近づいてはすれ違い、後方の河畔へと小さくなっていく。

こだまのような響きを聞きながら、俺にもああいうときがあったんだと私は思う。秋祭りの頃は祭囃子に誘われ、手に硬貨を握りしめて近所の神社へと向かったものだ。

カーバイトの匂い。駄菓子の毒々しい色合い。裸電球の柔らかい光に照らし出された屋台の空間。

その存在感はすでに薄れ、すべては夢の中の出来事のように遠く曖昧になってしまったけれど。

すれ違っていった子どもたちは今、遠い遠い昔に私が見たものと同じ光景を、その瞳に捉えていることだろう。

 

コルンバ。観光名所として語られる町ではないけれど、大河がある、坂道がある、そして人々の暮らしが温もりとなって伝ってくる街。

人が歩き、笑い、佇み、語り合い、朝が来て仕事に出かけ、夜は暗くなって広場に集い、寄り添い合って、人は暮らす。

 

日常から逃れるために人は旅に出るのかもしれないけれど、ありふれた日常にこそ実は、かけがえのない愛おしさがあふれているのだろう。日常を旅人の視点で眺めれば、日々、新鮮な感動に出会うことができるのかもしれない。

「旅するように、暮らしていこう」

思い出したようにポツンポツンと浮かぶ街灯の明かりを辿る帰り道、そんなことを想う夜。

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