モータースポーツ最高峰の戦いとされるF1。
1980年代後半、F1が社会現象になるほど大流行。
その人気の原動力となったのが、「音速の貴公子 アイルトン・セナ」と「プロフェッサー アラン・プロスト」による「セナ・プロ対決」だった。
2人の激しい王座争いのピークとなった日本GP。
決勝前夜、さまざまな憶測と予想が飛び交った。
F1で勝利できるドライバーとは、どんな人間か…
…まず、速いこと。
それは、誰よりも速く走ると決意しているということだ。
そして、冷静なこと。
それは、誰よりも考えながらレースを展開できることだ。
しかし、闘争心に溢れていること。
F1はタイムトライアルではなくて競争なのだ。
ライバルたちと競い合い、勝負して勝つことが優勝への道なのだ。
いくら単独で速く走れても、勝利できるとは限らない。
レースに勝つことは、速く走ることではなく、一番先にゴールすることなのだ。
アイルトン・セナ 28歳
10月22日、この日、鈴鹿に足を運ぶ人々は、自分が「セナの劇的勝利」を見に行くのだということを、正しく理解しておくように。
ゲルハルト・ベルガー 29歳
250キロで激突・炎上した男が、再び時速300キロの世界に挑戦している姿を、我々は目に焼き付けるべきである。
もちろん、鈴鹿サーキットで、じかに。
ナイジェル・マンセル 34歳
彼が単なる手負いの獅子なのか、闘志あふれる荒法師なのか、その答えは、日本GPで明らかになる。
アラン・プロスト 34歳
もはやプロストは、自力でセナを抜くことはできない。
次世代の存在を意識せざるを得なくなったとき、男は何をするのだろうか。
王者が、その座をゆっくり降りるとき、男はどんな顔をするのだろうか。
鈴鹿では、それが見れるはずである。
そして、決勝レースがスタートした
予選でセナがPPを獲得、プロストは2位でフロントローに2台が並ぶ。
レースは、トップを走るプロストを、セナが追いつめる展開。
そして、残り5周となった48周目、シケイン進入で開いたプロストのインに、セナが飛び込む。
これに対しプロストは、イン側にマシンを寄せていく。
併走する形で、2台は接触。
プロストはその場でマシンを降り、ヘルメットを脱いでリタイア。
一方のセナは、マーシャルに押されてシケインをショートカット、コースに復帰する。
フロントウイングのとれたマシンでコースを1周したセナは、ピットでノーズを交換すると、首位に立ったベネトンのナニーニを激しく追い上げる。
そして、ラスト1周でこれを逆転。
セナはトップでチェッカーを受けた。
しかし、表彰台にセナの姿はなかった。
セナは再スタートの際、シケインを通過しなかったとして失格処分を受けたのだ。
結果は、ナニーニの初優勝。
同時にプロストの、3度目となるワールド・チャンピオンが確定した。