手元にある1枚の、雑誌のスクラップ。
その記事が報じているのは、元号が平成に変わってからほどない、1989年2月に開催された「シカゴ・モーターショー」
ここで、3台の日本製スポーツカーが展示されました。
フェラーリをも慌てさせたといわれるホンダNS-X、DOHCツインターボで300PSを達成したフェアレディZ 。
それらパワーを誇るスポーツカーとともに発表されたのが、マツダのMX-5ミアータ。その後、ライトウェイトスポーツカーの世界的なブームの引き金となります。
ミアータは「ユーノスロードスター」と名付けられ、同年9月に国内販売が開始。
この年は、レクサスLS(セルシオ)の発売やスカイラインGT-Rの復活、ワゴンブームの立役者レガシィの登場など、モータースポーツファンにとって、忘れることのできないビンテージイヤーとなりました。
雑誌のバイヤーズガイドには、「用途さえ割り切れたら、フル装備207万7000円で未体験ゾーンへ御招待」と題してユーノスロードスターが紹介され、「純粋にドライビングやオープンエア・モータリングを楽しむなど、その目的は限られてくる。衝動買いは禁物だ」と締めくくられていました。
すべてにおいて合理性が追求される時代にあって、しかし僕は、「気軽に乗れて、非日常性の楽しみをフルに発揮できるライトウェイトスポーツカー」というコンセプトのロードスターに強く惹かれ、購入しました。
その決断は間違っていなかった。
素晴らしい車でした。
世界の十指に数えられるビッグメーカーが、フルオープン2シーターのスポーツカーを生産することは極めて異例のこと。
すでにラインナップされているスポーティなクーペをベースに、下半身を補強して屋根を取っ払うオープン化はあっても、最初からオープンボディで出発するのは珍しい。
マツダ ユーノスロードスター(NA型) 主要諸元
●ホイールベース:2265mm
●エンジン型式・種類:B6・直4 DOHC
●排気量:1597cc
●最高出力:120ps/6500rpm
●最大トルク:14.0kgm/5500rpm
●トランスミッション:5速MT

●重量:940kg
●タイヤサイズ:185/60R14
●価格:170万円
ユーノスロードスターのコンセプト、狙いは「タイト感、ダイレクト感、走り感、ドライバーとクルマとのコミュニケーション」の4つ。
言葉で言うのは簡単だが、どう図面に展開し、製造するのか。開発者たちの思い入れタップリの本音トークが雑誌に掲載されていたので、引用します。
デザイン・インタビュー「寂の一瞬に似合う姿を求めて」
平井(開発部): 60年代のクルマが頭の中にあったのは事実です。しかし、それをコピーするのではレプリカを作るのと同じだから、90年代に通用する技術で作り込もうと。
千葉(聞き手・デザインジャーナリスト): 例えば、座ったときのタイト感では、60年代のライトウェイトと比べると、ユーノスはかなりゆったりしている。レイアウトの考え方が昔とは違うな、と感じた。
平井: あれでも副社長から狭い、と言われましたが、これは狭くなければダメなんです、とお答えした。
田中(デザイン部): ハイソカーブームに慣れ親しんだ今の若い世代に対して、60年代のタイト感に帰るのは…。
千葉: これが現代のタイト感のミニマムなのでしょうね。
田中: そう、そのギリギリのところを探した。古いライトウェイトに乗ってみて、最初は楽しいけれど、広島から三次あたりまで行くと疲れてしまう。世の中のペースそのものが昔とは違うんです。その現代のペースでギリギリのタイト感を一生懸命探しました。まあ、自分にとってちょうどいいタイト感でもあったんですけど。
平井: それはある。一人ひとりが、2年先には自分で買えるんだ、という気持ちで開発できたのは、大きな要素でした。
田中: エンジニアがデザインを始めているときでも、エンジンを30mm下げろとか、ホイールベースを短くしろとか私が言うものだから、もうメチャクチャ。毎日、平井さんと喧嘩。でも全部聞き入れてくれましたね。
平井: そんなことはない。この人の言うこと聞いていたら、クルマはできていない(笑)。
田中: でもできたではないですか(爆笑)。ボンネットがもう20mm下げられなかったのは、許し難いですけれどね。しかし、トランクスペースでは儲けた。リヤにゴルフバッグを2個載せなさいと言われて、私もゴルフやるから載せたかったけれど、カタチが許せない。ならば1個入ればいいやと。
平井: これはごまかされた。油断をすると何をするかわからない(笑)。
田中: リヤを絞って丸くしたんです。もっと四角っぽくて、分厚い感じのデザインだったが、これではいかんと。そのときデザイナーたちからも文句を言われてた。田中が俺たちのデザインを壊していると。
田中: 線と線の間に面を張る、というのが従来の作り方ですが、これは全体のカタマリから削り出す造形で、まずリフレクションを考えた。この位置から見たらここにこうリフレクションが映ってほしい。そのためには面はどうあればいいのか、というやり方。
藤本(聞き手・車雑誌編集長): 欲をいえば、もう少し皮が薄く見えるといいと思う。昔のライトウェイトはアウタースキンが薄く感じられて、それが軽快感を出していたような気がするんです。
田中: その点でコダワリがありました。山道を走って行って、見晴らしのいいところで停めたときに、エンジンがチンチンと冷えていく、鳥のさえずりが聞こえる、そのときの一瞬の「寂」のためにスポーツカーはある、というコダワリがあって、寂の姿だ自然と喧嘩をしないようにしたかった。
緑がボディに映り込んだとき、面がプレーンだと冷たいリフレクションになってしまう。スポーツカーとしてはもっとキュッと締まった形の方がいいのかもしれないが、自然と同化するカタチでありたいと。
千葉: リヤのオーバーハング部分はどうでしょう。丸くなっているので目立たないが、ちょっと長いし、重たく見える。スポーツカーとしては、もう少しお尻の軽い感じがいいなと思うのですが。
田中: アメリカへ行って帰ってきてから、30mm 延ばしたんです。コーナーは変えずに、リヤエンドの面の張りをつけようと。オーバーハングを短く、というのはエンジニアから要求されていたのですが、アメリカで見ると足りなく思えたんです。
徹底した軽量化と前後重量配分へのこだわり
高い運動性能を得るため、乗車時における前後の重量配分を、理想的な50対50としたこと。
単に50対50であればいいというわけではない。高い操縦性能を発揮させるには、ヨー慣性モーメントを可能な限り小さくしなければならない。
前車軸に対して後退させたエンジン搭載位置や、45Lの燃料タンクを座席背後の、床下というより背中に担うような位置にしても、後車軸より前に収容した。重いコンポーネンツを可能な限りホイールベース内に納めるためだ。
軽量バッテリーを選び、その収容位置はトランクルームの奥、トランクのスペアタイヤを極力前方に搭載するなど、できるだけリヤオーバーハング部分を軽くしようと努めた跡もある。
雑誌には、こうした技術論とともに、下記のような物語が挿入されていました。
技術者たちの苦心の結晶は、さまざまな人々に、さまざまなストーリーを提供することになりました。
Photo Story in September
どれだけ、この日を、この瞬間を待ち続けただろうか。
「ミアータ」という名のアメリカ仕様が、自動車専門誌を賑わわせてから数か月たった8月の上旬に予約注文して、それから1か月。
ひと目見た時から恋してしまったユーノスが僕の手元に来るのを、1日1日カウントダウンしたものだ。
クルマを買うのに、こんな気分になったのは初めて。
慣らし運転は済ませてあるけど、今日が、ガールフレンドの暢子を伴っての、ヴァージンドライブの日。
空は青く、澄み渡っていた。
フルオープンのまま東名高速に入り、厚木ICから小田原厚木道路にのる。
5速3250回転の100km/h クルーズは、サイドウインドウさえ上げれば、風の中を走る気分に浸りつつも、快適だった。
その終点からは、100R、200Rの高速コーナーが連続する箱根ターンパイクを駆け上がる。
大観山から湯河原パークウェイを経て、相模湾に面した熱海ビーチラインに出た頃に、青い空と白い雲を映し出すボンネットに、ポツポツとレインドロップが踊り始める。
天気雨ってやつだ。
しかし、コクピットに雨が入ってくることはない。
「空が私たちを嫉妬したんじゃない?」
しばらくすると雨はやみ、初秋といってもまだ夏の気配を残す日差しが照りつける。
強力なエアコンをONにして、頬を撫でる潮風とミックスさせた。
左手をドアにかけ、タイトなバケットシートに体を沈めた暢子は、ユーノスをしっかり着込んでいるかのように見えた。
天城高原に続く遠笠山道路は、緑のトンネルの中を駆け抜けることのできる、交通量の少ないアスファルトロードである。
春にはピンクの花びらが、海風に舞い散る「さくらの里」の手前を左に進むと、そこからがメインルート。
長いストレートを抜け、左へ折れると、まずは緩やかなコーナーが続く。
しかし、伊豆スカイライン天城高原ICに接続するあたりは、箱根のワインディングを思わせる、タイトなコーナーが顔を出す。
ユーノスがもたらしてくれる、ライトウェイトオープンスポーツで夢のような世界を駆ける感動を、感性豊かなうちに味わい尽くせるのは、幸せ以外の何物でもない。
気が付くと、サングラスをあてた暢子は、木漏れ日を浴びて、恍惚とした表情で僕の横顔を覗いている。
「ステアリングを握って飛ばしているあなたを見ると、ちょっぴり嫉妬しちゃう。私よりユーノスに夢中で、意思まで通じ合ってるみたいだもの」
ホテルに戻ろうとすると、西の空は夕陽で赤く染まっていた。
僕は、眺めのいいパーキングスペースにユーノスをとめ、リヤデッキに腰を掛けた。
燃えるような空を正面に見据え、二人で肩を並べる。
インパネに煌めく照明と、CDプレイヤーから流れるドナ・サマーのスローナンバーが、ロマンチック気分を盛り上げてくれる。
夜気を含んだ、高原の秋を告げる冷たい風が、暢子の長い髪にからみつく。
翌朝、といっても午前4時。
寝息をたてて、深い眠りについている暢子を一人ベッドに残し、まだ空が暗い外に出る。
ユーノスのソフトトップを降ろし、タイトなコクピットに体を滑り込ませ、エンジンをかける。
ストロークが短く、手首を返すだけでカチッと決まるマニュアルギアボックスの、それぞれ100km/h、130km/h まで伸びる2速、3速を駆使して、月明りのスポットライトを浴びながら、紺碧の空の下、伊豆高原から天城に向かう。
短めのストレートで全開をくれてやり、コーナーの手前で、絶妙なタッチのブレーキングとシフトダウンを、ヒール&トゥでこなし、正確なステアリングを切り込む。
伊豆天城の、気がつくと東の空がラベンダー色に染まり始めた朝焼けの下を、僕は、スポーツカーを操る歓びと、ドリフトをコントロールする楽しみに酔っていた。
寒風切ってのダンディズム
オープンカーに最適なのは、晩秋から初冬にかけて。
B-3タイプのボマージャケットにゴーグル、胸元のスカーフも車と同系色の品のいいグリーン。



