今日はベトナムの中華街「チョロン」へ。
チョロンが形成されたのは18世紀後半、ベトナム中部に住む華人が、南部ホーチミンに流れ込んできたのが始まりとされます。
全盛期には120万人いたチョロン地区の華人ですが、中越関係悪化のたびに居住者が減少、それでも現在 50万人以上が住んでいます。
旅行者にとっては、ベトナムの雰囲気とはまた異なるもう一つの顔として、人気の高い観光エリアです。
チョロンへは、ホーチミン1区「ベンタイン市場」向かいにあるバスターミナルから1番バスに乗車、終点「ビンタイ市場」で降ります。所要時間 30~40分。
始点と終点の市場の名前が似ていて、紛らわしいです。


車中で車掌さんから切符を購入します。
チョロンは正式名称ではなく、「Cho=市場、Lon=大きい」つまり「大きな市場=チョロン」という通称です。
看板に漢字表記が目立ってきたり、道が小汚なくなってきたら、そこらへんからチョロンとなります。

通り沿いにあるお店のほとんどは問屋で、業者向けの卸売。
旅行者にとってはその雰囲気、その光景が新鮮そのもの。
お店が隙間なくひしめく様子は、まさにカオス。
きっと、日本の築地市場を見学に来る外国人観光客も、同じような気分を味わっているのでしょう。

チョロンはホーチミン市の中でもひったくりが多い危険地域。
後ろからバイクで。バッグやポーチをひったくるのが常套手段。

チャータム教会
別名フランシスコ・ザビエル教会。1900年創建されたカトリック教会
時間によっては、併設された幼稚園から多くの園児が教会敷地内に飛び出してきます。
中華街には似つかわしくない西洋風の建物ですが、これもチョロンの名物。
中華と西洋が入り乱れる風景です。
天后宮
1760年創建の由緒あるお寺。とはいっても仏教寺院ではなく、中国発祥の道教寺院。
ベトナムでは仏教と道教が混在しています。
祀られているのは天后聖母、道教の女神です。
拝殿の頭上には、螺旋状の線香が何十と吊るされ、中国文化が根に張っていることを現しています。


チョロンは、英仏合作映画「愛人/ラマン」(1992年) の舞台にもなった街。
1920年代のフランス領下のインドシナ、貧しいフランス人の少女と、富豪の華僑青年との恋愛を描いた作品です。

ちょっと一休み。店の奥にある冷蔵庫から、好みのジュースを取り出して、お金を払います。
ホーチミン市街地へと再びバスで戻ります。
向かうは「戦争証跡博物館」 ベトナム戦争の歴史を綴る博物館です。
ベトナム戦争で使用された戦闘機や戦車が、野外展示されています。

屋内には、大砲や爆弾などの遺物、当時の報道写真などの戦争の足跡をたどる各種記録が展示されています。
写真左は、ベトナム系アメリカ人でAP通信の写真家ニック・ウトが、南ベトナム空軍が誤ってナパーム弾を落とした、トラン・バン村の惨状を捉えたもの。
戦場写真家といえば、「崩れ落ちる兵士」などで有名なロバート・キャパですが、彼はハノイ南東40マイル、紅河デルタの町タイビンで、地雷を踏んで亡くなりました。1954年、40歳の春のこと。


サイゴンが、フランスの植民地時代だった1863年から1880年にかけて建設された「サイゴン大教会」
高さ57m、ネオゴシックスタイルの教会。
教会前の庭園では、旧正月の飾りつけ用に花市が開かれて華やか。
教会前のロータリーは、「ドンコイ通り」の起点となり、付近一帯が植民地時代の面影を残す観光地
まさしく、サイゴンの凱旋門とシャンゼリゼです。


飲食店が立ち並ぶ「デタム通り」のカフェにて、乾杯。

ベトナムコーヒーも注文

1850年代、ベトナム北部にアラビカ種のコーヒーノキが導入されましたが、環境に適応しませんでした。
その後、高温多湿の環境に適応しやすい「カネフォラ種(ロブスタ)」が、フランス人により持ち込まれます。
この種は苦味が強くクセもあり、ブラックでは飲みにくかったため、現地のフランス人達は、ミルクを加えようと考えました。
しかし、当時のベトナムではミルクが手に入りにくかったため、代わりにコンデンスミルクが加えられるようになったと言われます。
現在ではカネフォラ種を中心に、ベトナムは世界第2位のコーヒー豆の生産量を誇っています。
ただし、その多くは、相対的に価格が安く、缶コーヒーなど工業用製品への利用が主であるロブスタ種であるうえ、9割以上は生豆で輸出されています。
したがって、生産から加工、販売にいたるグローバル・バリューチェーンのなかで、ベトナムは安価な原材料の供給者という位置付けであり、生産農家に利益が還元されていないといわれます。
ベトナムコーヒーの抽出には、フランス伝統の組み合わせ式フィルター 「カフェ・フィン」を使います。
道行く行商人から、「lonely planet」のベトナム版を購入。

値段は定価の半値以下。

しかし、表紙も本文もすべてがピンボケ気味。
オリジナルをコピーして大量印刷した胡散臭さが、プンプン漂ってきます。
それだけの手間をかけて製本するだけの、需要が存在するともいえる。
近代的な街のところどころに、昔の情緒が垣間見られます。

タクシーの値段交渉


本日の夕食は、「レタントン通り Lê Thánh Tôn」上下線の間に位置する、和食店「華紋」です。(2020年11月現在存在せず)

「レタントン通り」が「トンドゥックタン通り」と交差するこの辺り一帯は、「リトルトーキョー」の様相を呈しており、いたるところに日系のレストランやショップを確認することができます。

レタントン通りは南西の方向へ向かい、「ベンタイン市場」の裏を経て、ニューワールド サイゴンホテルに至ります。

旧正月の通りは賑やか。


