世界食堂の DIY が、暗礁に乗り上げてしまった。
二階建ての母屋に張り出す形で、平屋の倉庫を作ったのだけど、この倉庫の屋根に登れば、母屋外壁の施工はできそうに思えた。
そこで、倉庫の周囲には足場を架けなかったのだが…。
倉庫の屋根勾配は5寸、角度にして26.6度、これは八方スキー場・黒菱ゲレンデの平均斜度とほぼ同じ。
スピードに乗ったスキーでさえ制動できる斜度なのだから、歩くのは簡単だろうと、タカをくくったのが甘かった。
ツルツルの板金上では抵抗がかからず、何とか立つことはできるが、踏ん張って作業することは、とてもできない。
どうしようか…
思いついたのは、登山のザイルワークを利用して、体を確保しながら作業するアイディア。
高校時代、山岳部に所属していたキャリアが、役に立つかもしれない。
とはいえ、ザイルワークなど、とうの昔に忘れてしまっている。
どうしようか…
そうだ、「アキさん」に、ザイルワークの手ほどきを頼んでみよう。
アキさんは、長野市小田切で「森と水ワイルドアウトドア/ファーム」を主宰する、ツアーガイド。
長野市のドミトリー宿の草分け的存在「森と水バックパッカーズ」の開業者でもある。
開業直後、スタッフとして私もお世話になったのだが、それがアキさんとの出会いとなった。
長野市内で、ザイルの結び方を教えてもらうつもりで、電話で事情を説明すると…
「現地を見た方が、わかりやすいな。
明日は時間あるから、都合よければ美麻に行くよ」
との返事。
依頼した内容以上の提案をもって応えてくれる、本当にありがたい。
美麻の工事現場にきたくれたアキさんは、トラバースで使うテクニックを応用して、手際よく母屋にザイルをフィックス
そして要所要所にカラビナを装着。
これで、ハーネスから繰り出すスリングを架け、身体を確保することができます。
ありがとう。
おかげで、破風のペンキ塗り、軒天張り、外壁サイディングの施工を完了することができました。
そして、今回うれしかったもう一つのこと、それは、登山で得たノウハウを、実生活に活用できたこと。
山を歩き回っていた20歳前後を、懐かしく思い出す。
喘ぎながら、汗まみれで辿るトレイル。その後に訪れる、ピークに立った時の舞い上がるような解放感。
登山の醍醐味は、「困難を克服した達成感」なのだろうと、思う。
「ルートが困難であるほど、ピークに立った時の喜びは大きい」
若い頃は、そんなことを純粋に信じていた。
しかし、世の中にある多様な楽しみを知るにつれ、やがて、幸福の尺度は、消費することの快楽で測られるようになっていった。
美味しいものを食べ、旨い酒を飲み、面白い映画を観て、温泉でくつろぎ、週末は旅行に出かける。
もちろん、リラックスの時間は必要なのだけど、それは緊張を強いられる時間の代償としてあるべきもので、僕の場合、生活のほとんどを、安楽な時間に割くようになっってしまった。
「人は易きに流れる」というが、便利さ・安易さが優先されるにつれ、若いころの情熱は次第に失せていく。
同時に、生命体本来の防衛本能や原始的な身体の感覚も、損なわれていく気がした。
でも今回、宿を新築するにあたって、できるだけ DIY でやってみようと試みたのは、どこかに置き忘れてきてしまった熱意を、もう一度取り戻したいと思ったからなのだろう。
道のりは遠い。
何度も挫折しそうになるけれど、どこからか励ましの声が聞こえてくる。
「おまえは立派にやっているじゃあないか。
おまえが山岳部に入部した時に抱いていた意志は、おまえの心の中に再び今、戻っているのだよ」
山が学びの場だった
「ザイルを踏むな」「山には非常食を持って入れ」…
例えば…
ゆるみ防止の末端処理まで、ザイルの扱いは確実に行え
命を預ける道具は、信頼できるものを選び、ていねいに扱うこと。
旅の実力は、登山で培った
計画を綿密に立て、危険回避しつつ長時間、体力を消耗する登山の経験は、海外を独り旅するのに役立った。
リスクの予測、お金や体力・時間の資源配分を考える、といった点で、両者はかなりの共通点を持っている。
ゴールから逆算せよ
午後になれば、山には雲がかかる。
したがって、昼過ぎにはテント場に到着しなければならない。
そのためには何時に麓を出発すればよいか、そのためには何時の列車に乗らなければならないか。
ゴールから逆算して計画を立てる手法は、あらゆる立案のプロセスに応用できる。


過酷な自然環境の中で、命を守るために
春の時期とはいえ、急激な気温低下や降雪に見舞われることもある。
昼間は気温が高く、雪面が水を含んだ状況で、夕方から冷え込むと雪面はザラメ状になる。
雪は握っても固まらないから結合力は弱い。
今後ここから、どんな事態を想像できるだろうか。
天候が悪化して吹雪になれば、降りながらぶつかり合った雪は、結晶が砕かれ、着雪と同時に素早く固まり、ザラメ雪の上に板状の層を作る。
ザラメ雪の弱い層が、上に積もった層を支えきれなくなったところに衝撃が加われば、弱層が壊れて雪崩が発生する。
もし目の前で、仲間が雪崩に巻き込まれたとしたら…
救急医薬品を持っているか?
救急法の知識経験があるか?
低体温症に陥った人をどうやって温める?
雪崩の現場からどうやって運び出す?
人を運べる橇や担架を作れるか?
食べ物は?
夜がやってきたらどうする?
ビバークできるか?
最悪の事態を想定すると際限がなくなる。
でも、この想像力がセルフレスキューには必要であり、ありとあらゆる事態に対応できる知識と経験が、安全率を高める鍵となる。
西洋の諺に曰く、「最善のものを希望せよ。しかし最悪のものに備えよ」
これは、山に入る際の心構えであり、それはすなわち、生きるための心構えとなる。



