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クラクフ市内観光とヴィエリチカ岩塩坑

クラクフ市内観光とヴィエリチカ岩塩坑

朝七時に宿を出発、トラムで「大学前」まで。

ヴィエリチカ岩塩坑行きのミニバス発着所があるという「中央郵便局」まで旧市街を散策しながら、適当なカフェで朝食をとることにする。

しかしどの店も開店時間は8時で、結局ハラペコのまま中央郵便局に着いてしまった。

郵便局前にバス停があるはずだが、ミニバスらしきものはまったく見当たらない。

通りかかった警察官に訊ねるも、ポーランド語を早口にまくしたてるだけで、意味がわからない。

中央駅の方角を指差しているようなので、仕方なく駅まで歩くことに。

中央駅の東側には確かに、近代的なバスターミナルがあるのだが、ヴィエリチカ行きのバスは見当たらない。

道行く人に訊ねても、人によって言うことがまちまちで、私たちはあちこち引き回されるだけだった。

屋台でパンを売っているおばさんに尋ねると、駅の西側に停留所があるという。

お礼の意味も込めて篠さんがパンを購入。なかなかな気配りのあるところをみせた。

地下道を通リ抜けて、駅の反対側に出てしばらく歩くと、白いミニバスが数台停まっている。

しかしバスに乗り込もうとすると係員が制止して、バス停を指差しながら路線バスに乗れという。

バス停の案内図を見ると、ヴィエリチカ行きの路線バスが示されているので、ミニバスでの移動は諦め、屋台で買ったパンを頬張りながら路線バスを待つことにした。

やって来たバスに乗り込み、車内の路線図を見ると、ヴィエリチカを冠したバス停がいくつもあるではないか。

ミニバスで岩塩坑に横付けのつもりでいたので、どのバス停で降りるべきかわからないし、降りてから岩塩坑までどうやって行くのかわからない。

と、住宅街のバス停で観光者らしき老夫婦が席を立った。

「岩塩坑に行くに違いない」言うやいなや上さんが立ち上がり、彼らに続いてバスを降りた。

このあたりの電光石火の判断力が上さんの持ち味だ。

しかし周辺は住宅街で、とても岩塩坑の街とは思えない。

どぎまぎしながら歩いて行くと下り勾配の道の底に、ヴィエリチカの鉄道駅が見えてきた。

駅を過ぎると道が上り勾配になり、ほどなく岩塩坑らしき場所に到着。

進むべき道を嗅ぎ分ける第六感が上さんには備わっているのか、技ありの一本だった。

 

岩塩坑にはこじんまりした建物が一棟あるだけで、看板がなければ、それとはわからない。

しかしその地下には、広大な坑道が張り巡らされていることを後に知ることになる。

入場者はグループを組み、ガイドの案内で見学するシステム。

早速チケットを買おうとすると、何やら選択を迫られる。

ポーランド語か英語、どちらかのツアーを選べということらしい。

英語ツアーを選んだが、どうせ意味が分からないのだから、若干料金が安くて、スタート時刻も早いポーランド語ツアーでも良かったかもしれない。

ツアーの最中は要所でガイドが解説をしてくれる。

グループの他のメンバーは一斉に爆笑するのだが、私たちは何を言っているのかわからず、それでも皆に乗り遅れないようにと、調子を合わせて何となくニヤニヤしてみたりする。

岩盤にできている割れ目を指差しながらガイドが説明した時、それまでキョトンとしていた篠さんが「なるほど、わかった」という顔つきで話しかけてきた。

「坑夫が女の子に見立てて、岩盤の割れ目を使ったんだろ?」

こういう話題には直観力が働くようだ。

岩塩で作られたシャンデリア

帰りは鉄道でクラクフまで戻ることにした。

殺風景な駅のホームで、一人旅の日本人と出会う。これからウィーンに向かうとのこと。

 

パフォーマーたちで賑わうクラクフ旧市街

クラクフの旧市街に戻り、歴代ポーランド王の居城として名高いヴァヴェル城を見学するため、チケット売り場へ。

博物館、王宮、大聖堂など、チケットは見所別に販売しているため、何を観るか、事前に決めておくとスムーズに購入できる。

城の見学を終え、トラムに乗ってヴィスワ川の対岸に渡り、マンガ博物館へ。

マンガといってもコミックではなく、日本美術コレクターであるフェリクス・マンガ・ヤシェンスキー氏の所蔵品を展示しており、歌麿・写楽・北斎らの浮世絵が公開されている。

カフェの窓からは、さきほど見学したヴァヴェル城のたたずまいが美しく見える。

 

 

 

 

 

 

 

 

今夜の夕食会場に決めた「ヤレマ」は、「バンド演奏をバックに、民族衣装をまとった店員が伝統的なポーランド料理を振舞ってくれる」と、ガイドブックに紹介されている。

ポーランド最後の夜を締めくくるには、うってつけの店ではないか。

 

フロリアスカ門近くに位置する店に到着すると、我々のムードは最高潮に高まった。
観光期をはずれた店内は、時刻が早いこともあって客は我々だけだ。

乗り継ぎ地のアムステルダムでは、注文した料理の量が多過ぎて苦心したので、ここでは注文を一人一品に抑えた。

篠さんの料理がこないうちに、ほろ酔い気分の上さんと私は「篠さんの料理は手が込んでいるから時間がかかるんだね」などと無責任なことを言いながら、自分たちが注文した料理をパクパク平らげた。

アルコールが苦手な篠さんは、嫌煙家の上さんの手前、タバコもじっと我慢して、ひたすらミネラルウォーターを口に運びながら、料理が来るのを待っている。

ピアノの弾き手らしき男性が出勤してきたが、もっと大勢の客が来るのを待っているのか、演奏を出し惜しみしている。

篠さんの料理は、いっこうに来る気配がない。

「本当に注文は入っているんだろうな」

誰しもが抱き始めた不安を上さんが口にした。

不安は的中し、料理が運ばれる代わりに、テーブルには伝票が置かれてしまった。

 

「食欲なくなっちゃったから、もう会計しようよ」と篠さん。

「料理を分けてもらったから、割り勘でいいよ」とまで言う篠さんの言葉に、私と上さんは、すっかり甘えてしまった。

 

「おい、見ろよ。自分たちだけ食事して、年配者には水しか飲ませていないぜ」という、店員たちのひそひそ話が聞こえるようだった。

「しかも金まで払わせているぞ。日本はひどい国だな」そんな被害妄想のような囁き声までが聞こえてきそうで、我々は勘定を済ますと足早に店を後にした。

 

グループで10日間も一緒に旅行していれば、お互い意見の衝突があってもおかしくない。

しかし今回、気まずい思いをすることなく旅行を続けることができたのは、篠さんの寛大さに負うところが大きい。

 

こんなこともあった。

篠さんが「今、俺たちはどこにいるんだっけ?」と聞くから、「クラクフの織物会館ですよ」と答えると、「いや、そうじゃなくて、どこの国にいるんだっけ」という質問が返ってきた。

これは寛大というよりは、何も考えていないということなのだけれど、無垢な心で異なる環境に飛び込み順応してしまうのが、篠さんの持ち味だ。

 

対して上さんは、旅行する時は下調べに余念がない。

もう現地に行く必要がないんじゃないかと思うくらい、イメージを固めてから出発する。

対照的な二人だが、もう30年以上の付き合いになるそうだ。

対照的な二人だらこそ、上手くいくのかもしれない。

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