「ロッキー」のパンフレット

ドラマチックな展開と、感動的なラストに、観終わってからもすぐには動けない。

俺は9歳の時からプロボクサーを目指していたから、特に感慨深い (ハァ?)

解 説

夜明けのアスファルトは抵抗が強い。

フィラデルフィア、1975年冬。吐く息も白く、一人の逞しい若者が静まり返ったダウンタウンから山の手をひた走る。

流れる汗に熱い夢と小さな愛をにじませて、ガッツなトレーニングに励む奴の名は、世界ヘビー級チャレンジャー、ロッキー・バルボア!

一介の四回戦ボクサーとして明日なき青春を送っていた盛りを過ぎたボクサーが、ひょんなことから世界ヘビー級タイトルマッチの挑戦者に名指される。

みじめなプライズファイト (賞金稼ぎ) から世界注視のビッグイベントへ ― 若者は勇躍リングへのぼった。

どんなものでも努力すれば不可能を成し遂げられるという”アメリカン・ドリーム”を自らのパンチで再認識するために…。

 

これは、F・キャプラ・タッチの下町人情の機微と哀愁を絡ませた異色ボクシングドラマであり、不屈のヒューマンスピリットへの賛歌を限りなく謳いあげた感動の娯楽ドラマだ。

 

ラスト、ヒーローが残された青春のエネルギーのすべてを叩きつけるフル・ラウンドの死闘が凄く、この種のシーンの白眉として語り草になるであろう昂奮をつきあげる。

また、珠玉のラブストーリーとして出色の構成を具えていることも見逃せない。

 

主演は77年の最も重要な新人スターとして、過日、アカデミー男優賞が極く有力視されていたシルベスター・スタローン。

役柄同様、イタリア系の下層階級出身で、主演第一作に燃える若者を熱演している。

これに、F・F・コッポラ監督の実妹で「ゴッドファーザーPART Ⅱ」でオスカー候補にノミネートされた演技派タリア・シャイア、「キラー・エリート」のバート・ヤング、「イナゴの日」「家」などのベテラン、バージェス・メレディスらがそれぞれ存在感あふれる好演を展開している。

 

監督はこの「ロッキー」で輝くアカデミー賞を獲得したジョン・G・アビルドセン。

製作は「ポイント・ブランク」「いちご白書」「熱い賭け」など骨っぽい娯楽作を連発してきたロバート・チャートフとアーウィン・ウィンクラーの名コンビ。

音楽のビル・コンティは「ハリーとトント」「グリニッチ・ビレッジの青春」を手がけた若き才人。

撮影はジェームズ・クラブが受け持った。

 

シルベスター・スタローン自身が三日間で書き上げた脚本を製作費100万ドル、撮影日数28日で完成させた経済性抜群の作品。

全米ロードショーでは軒並み劇場記録を更新する好稼働を見せており、批評も”きらめくようなリリシズムをそなえた完璧なドラマ” など殆どが右へならえの大絶賛だ。

 

物 語

米国東部の古都フィラデルフィアはサウスサイドのスラム街にこの物語は始まる。

主人公の名はロッキー・パルボア (シルベスター・スタローン)。

人はいいが、ヤクザの手先など捨てばちな青春を送ってきた今年三十歳のヘビー級のプライズファイター (賞金稼ぎ) だ。

いま彼はボクシング以外に新たな生きがいを見出そうとしていた。

近くのペットショップに勤めるアドリアン (タリア・シャイア) にほのかな恋心を抱き始めたのだ。

アドリアンは自分の本当の美しさを野暮ったさの中に秘めた色気の乏しい娘だったが、ロッキーは彼女のそんな素朴さに魅かれていた。

アドリアンは精肉加工場につとめる兄・ポーリー (バート・ヤング) と二人暮らしだ。いまでは酒に身を持ちくずしているが、かつてはハードパンチャーとして鳴らした男だった。

そしてロッキーの通うジムの老トレーナーがアイルランド人ミッキー (バージェス・メレディス)。

ロッキーのような若者が持てる力を発揮せず、無為に過ごすに悲憤慷慨する頑固者だ。

そしてロッキーの生計は小悪党ガッゾ (ジョー・スピネル) のソフトタッチの借金取立係として成り立っていた。

それにしてもロッキーの試合ぶりは四回戦ボーイとしてのそれとしては恐ろしいほどのラフファイトぶりだった。

特に、なあなあで試合を済ませようとする相手には、彼の一本木な性格が相まって凄まじい怒りを爆破させる。

今日も小さな勝利をかちとって、ロッキーは孤独なアパートへ帰る。

乱雑に散らかった部屋には彼のアイドルであるヘビー級チャンピオン、ロッキー・マルシアノのポスターが貼られている。

そして、今のところ彼の唯一の話し相手は二匹のカメだ。

翌日、ガッゾの仕事を終えたロッキーは、アドリアンが働くペットショップに立ち寄った。

外見は陽気そうに見えても心の底では孤独なロッキーは、真に自分のことを考えてくれる人間が欲しかったのだ。

そんなある日、ジムにやってきたロッキーは、自分の荷物が外に放り出され、他のボクサーに占領されているのを見た。

「お前のエテ公のようなガムシャラなファイトでは金にならんのさ!」ポーリーが怒鳴ったー。

その日、酒場でロッキーとポーリーは一緒に飲んだ。

妹思いのポーリーはロッキーのアドリアンに対する好意に感謝するのだった。

ロッキーがポーリーの家の夕食に招かれた。

その日、テレビでは世界ヘビー級チャンピオン、アポロ・クリード (カール・ウェザース) が、近づく建国200年祭のイベントとして当地で世界タイトルマッチを行うと発表していた。

ところが、試合を五週間後に控えてアポロの対戦相手がケガをし、出場不能になった。

ここでアポロとプロモーターたちは一つの驚くべき賭けを考えだした。

アメリカは「チャンスの国」であるという伝説を立証するために、全く無名のローカル・ボクサーを代役に立てようというのだ。

アポロ陣営はこの「ショー」は3ラウンドで片がつくと踏んだ。

そして彼らがピックアップしたいけにえこそ「イタリアの種馬」の異名を持つサウスポー、ロッキーだった!

当初この話をプロモーターから持ちかけられてもロッキーには容易に信じられなかった。

しかしいくつかの不安はあったものの、結局彼はこの人生最大のチャンスに挑むことにした。

ポーリーが協力を申し出た。

ミッキーもある晩ロッキーを訪れ、マネージメントを申し込んだ。ロッキーは受け入れた。

一方、ロッキーとアドリアンの愛も育っていった。ロッキーの人生はここに一変した。

愛がある。生きる目的がある。そして何よりも自分を応援してくれる大勢の人々がいる。

短期間の猛トレーニングが始まった。

愛犬バドカスとともに夜明けの町を走り、精肉工場の肉塊をサンドバッグ代わりにパンチ力をつけるロッキー。

ついに試合前日の夜がきた。

もう後へは戻れない。

襲いかかる不安を押し殺すようにロッキーは胸の中のアドリアンに語りかけた。

「15ラウンド終わってまだ立っていられたらー、ただのヤクザでなかったことを初めて証明できる」

会場は熱っぽい昂奮に包まれていた。

ジョージ・ワシントンの仮装で凱旋将軍のように登場するアポロ。

片やポーリーの会社のマーク入りのガウンを着て登場するロッキー。

掛け率は50対1。

あらゆる意味で対照的な二人はまさに天と地ほどの開きがあった。

第一ラウンドのゴングが鳴った。初回から積極的な攻めに出るアポロ。

ロッキーも負けじと右、左と打ち返すがそのパンチは空を切るのみ。

だが突然、その重い一撃がアポロのあごをとらえた。

彼はエイトカウントのダウン。

俄然怒ったアポロも三ラウンドでダウンを奪いとる。

しかし予想外のロッキーの善戦に手を焼くアポロ。

七、八、九、十ラウンド―。

両者の腫れあがったまぶたが血と汗にまみれる。タオルを入れようとするセコンドを怒鳴り散らすロッキー。

アポロはあばらを負傷した。

それはもう死闘と呼んでもよかった。

遂に試合終了。

凄まじい試合展開に酔いしれる観客。

しかし、結果は引き分けだった。

だが、うつろな王座をかろうじて守ったアポロに比べて、恋人アドリアンの名前を誇らかに呼び続けるロッキーに、敗退感など微塵も感じられなかった。

これがカーターのアメリカだ

映画評論家 金坂健二

「ロッキー」旋風は案の定、日本に上陸して吹き荒れ出したようだ。

6本の出演映画があったとはいえ、この映画を作る以前は誰も名前を口にしたこともないシルベスター・スタローン。

しかし彼が書いた脚本の内容が、つまりは下積みのピーピーが大チャンピオンに挑戦する話。

そして大スターを退けて自ら主演し、低予算で完成した映画は、すでに全米で大ヒットし、多くのアカデミー賞もとった。

これだけ条件が揃っているのだから、マスコミも騒がなければおかしいくらいで、ともかく今年随一の話題になりそうだ。

ぼくも、この作品を見たのはかなり以前なのだが、あの熱っぽい感触はヴィヴィッドに残っている。

とりわけやる気を出し始めたロッキーの超ハード・トレイニングから、いよいよ試合、その試合のクライマックスはそのまま映画のクライマックスになって終わったときには、何か頬が火熱ったような感じだった。

以上は男性がエキサイトするところだろうが、どうして゜ロッキー」はそんなハードな迫力だけでなくて、スイートな魅力もあるこの男の優しい半面を、前半にじっくりと描き込んでいる。

負け犬同士の友情に結ばれた仲間の、奥手な妹にそそぐ、同情混じりみたいな愛、そして嫌な奴と思った老トレイナーが、二度とない出番と体面も何もなく自らを売り込む、こういう判りやすくて基本的な人間感情に訴える要素が積み上げられて試合のシーンに持ち込まれる。

そこで僕らはもうロッキーに勝たせたいという一念で、たとえ映画の運びに少々不自然があっても、そんなものは見えないようになってしまう。

そこへ持ってきて、この映画の一番の強みは、作者兼スターのスタローンが、自らの逞しい肉体をぶっつけて山場を盛り上げ、押し切ってしまう―この、いつも半分は記録であるという映画ならではの性格を、バッシリ押さえたということである。

宣伝部の作ったチラシひとつ見ても、みなさん「ロッキー」に、スタローンにのり切ってエキサイトしている様子がありありと覗える。

こんな際だから、ぼくは少々辛いことを言わせてもらおう。

良い映画とヒットする映画というのは、いつも同じではない。

大衆がこの点の審判者であるとはいっても、最近のアメリカ映画のように現代性豊かな、シャープなのがいろいろ出てくると、その前に宣伝部や批評家の努力の方向が問われるばあいがある。

たとえば「マラソン・マン」「戦争のはらわた」などどいう作品は優秀なだけでなく、扱い方によっては、ぐんと興業性を発揮したはずだ。

スタローン氏自ら、いい気になったのか、「…観客の本当に求めているものは…感傷的なファンタジーだったのだ」なんてのたまっているけれども、たとえば貯肉倉庫の牛の半身に向かって、拳を血みどろにして練習するなどという発想は、そんなところから出てきっこない。

負け犬の屈辱、下積み同志ならではのいたわり合い、そんな要素が、ボクシング描写の魔術によってファンタジーと結合するという放れ業が「ロッキー」にはあった。

だからこれでメロドラマの復活だとか、スポーツ映画のブームがくるなどと間違えると、とんだみっともないことになるだろう。

映画のカンどころは感覚にある。

三日間で書き上げたなんて話は噓だろうが、スタローンの自らの野望を正面からぶっつけた上昇志向が、カーター大統領就任後の新しいアメリカの現実、いや新しいアメリカの夢にジャスト・ミートしたからこそ、この結果は生まれたのだ。

60年代から70年代前半にかけて、苦しい試練の季節を越えてきたアメリカ人は、ふたたび、「万人に機会ある国 (ランド・オブ・オポチュニティズ)」という前向きの夢を、悲願を、ふくらませ始めた。

しかしその裏側には古い権威の崩壊もあって、たとえばチャンピオンが無名ボクサー の強打にへこまされるというのは、現代のヒーローというものの虚像性を踏まえなければ成り立たない。

この物語の背景がマフィアを生んだのと同じイタリー系移民社会だということ、そしてドラマの上での “仇役” アポロが黒人という設定も、うっかりして見逃すわけにはいかない。

そうした複雑な問題を抱え込んで単純明快な夢に昇華したところは、やはり黒人の大河小説「ルーツ」と並んで、 “カーターズ・アメリカ” の生んだ瑞々しい、早熟の果実というしかない。

 

監督とスターメモ

監督 : John G. Avildsen

「この作品をボクシング映画とみるのは当を得ていない。ボクシングに生きる若者の孤独、不安、愛、本当の勝利の何たるかを描いたヒューマン・ストーリーなのだ」

「ジョー」で現代アメリカりの世代の断絶を描き、ジャック・レモンが主演男優賞を獲った ” Save the Tiger ” で米小市民の日常不安を鮮やかに点描し、いままた「ロッキー」でアメリカン・ヒューマニズムを高らかに謳い上げたアビルドセンは、ハリウッドでは ” 低予算映画の巨匠 ” の異名をとるユニークな存在だ。

生年月日不詳。

イリノイ州オーク・パーク生まれ。

コマーシャル作りから映像の世界に入り、プロダクション・マネージャー、カメラマン、ブーム・オペレーターなどあらゆる映画製作のパートを体験し、’67年オットー・プレミンジャー監督の「夕陽よ急げ」からその才能を発揮し出した。

Sylvester Stallone

その登場の衝撃度は、マーロン・ブランド、ジェームス・ディーンのそれに匹敵するといわれるアメリカ映画期待の大型新人男優。

決して演技的にどうということではないが、ムード的、また可能性において抜群のものを秘めており、いまハリウッドは一斉に買いに走っている。

1946年7月6日、ニューヨークにイタリア移民の子として生まれる。

15歳になるまで15の学校から放校処分を受けたというから相当のワル。

69年にマイアミ大学を卒業しているが、その前後に冷凍食品実演販売、海外寄宿学校の教師、劇場の受付、魚の行商、サラダ作り、動物園の守衛などありとあらゆる職種を体験している。

最初の演技体験は大学の演劇際で演じた「セールスマンの死」。

そしてニューヨークへ飛び出し、偶然にも同じ舞台を踏むチャンスを得た。

同時にTV・映画にも端役で出演するようになった彼は、この間、生来の文才を生かし、何本かの小説・脚本を書き、ハリウッドへせっせと送っている。

そしてわずか三日間で書き上げた「ロッキー」がチャートフ=ウィンクラーの目に留まり、UAが100万ドルを出資するに至った。

そして製作側が用意した主役候補ジェームズ・カーン、バート・レイノルズ、ライアン・オニールらを押しのけ、自ら主演に回ったことが好結果につながった。

完成試写のとき、母親のジャクリーン・スタローン夫人がスクリーンの息子の勇姿にぼうだの涙を流したという。

 

Burgess Meredith

ロッキーが降ってわいた世界タイトルマッチのチャンスに、人生最大の賭けを挑んだのなら、初の世界的ヒノキ舞台のマネージメントを名乗り出てた老トレーナー、ミッキーにとっても、その60有余年の人生最大にして最後の賭けだったに違いない。1909年オハイオ州クリーブランド生まれ。

代表作に「野望の系列」「枢機卿」「危険な道」「テキサスの五人の仲間」「ヒンデンブルク」「家」など。

74年の「イナゴの日」ではオスカー候補に指名されている。

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