塾の授業で珍しく、中学三年の社会(歴史)を担当しました。
日本の中国侵略
1895年、日清戦争に勝利した日本は、台湾を清から譲り受けた。
- 中国の統一 辛亥革命以降、政情が不安定だった中国で1927年、蔣介石の率いる中国国民党が南京に国民政府を樹立し、翌年ほぼ中国全域を統一した。
- 満洲事変 1931年、関東軍が満鉄の線路を爆破して軍事行動を開始した。
- 満洲国 満洲の主要部を占領した関東軍は1932年、清の最後の皇帝・溥儀を元首とする満洲国の建国を宣言した。
- 五・一五事件 1932年5月15日、満洲国の承認に反対していた犬養毅首相が、海軍の将校によって暗殺された。これにより、政党政治が終わり、続く斉藤実内閣は満洲国を承認した。
- 国家的孤立 国際連盟はリットンを団長とする調査団を満洲に派遣し、1933年の総会で満洲国を認めず、日本に満洲国からの引き上げを勧告した。反発した日本は国際連盟を脱退し、満洲の支配を強化した。
- 二・二六事件 1936年2月26日,陸軍の青年将校が首相官邸や警視庁を襲うクーデターが起きた。これ以降、軍部が政治的な発言力を強め、軍備拡張を進めた。さらに同年、日本は共産主義勢力に対抗するという理由でドイツと日独防共協定を結び、ファシズム諸国に接近した。
- 重化学工業の発展 軍需と政府の保護により、重化学工業の生産が軽工業を上回った。
日中戦争
1937年、北京郊外の盧溝橋において武力衝突が発生。戦線は拡大し、日本軍は首都南京を占領した。
- 抗日民族統一戦線 蔣介石率いる国民政府と、毛沢東率いる中国共産党が提携し、中国の内線は停止した。
- 南京事件 首都南京では多くの中国人が殺害された。蔣介石は首都を漢口、次いで重慶に移し、諸外国の援助を受けて日本に対して徹底抗戦の態勢をとった。
- 国家総動員法 1938年、近衛文麿内閣のもとで成立。政府が国民や物資すべてを戦争のために動員する権限を持った。
- 挙国一致の体制づくり 一党独裁の指導体制のもと1939年、ドイツがポーランドに侵攻した。近衛文麿は政党や政治団体を解散させ1940年、大政翼賛会を組織した。
- 生活必需品の不足 砂糖、マッチ、木炭、綿製品などが切符制となり、米も配給制となった。
- 皇民化 朝鮮や台湾では,姓名の表記を日本式に改めさせる創氏改名が実施され、人々が戦争に動員された。
第二次世界大戦
東に領土拡大したいドイツ、バルト三国を併合してヨーロッパに領土拡大を狙うソ連、お互いイギリス・フランスとは対立しており、敵の敵は味方とばかり、独ソ不可侵条約が結ばれた。ソ連の後ろ盾を封じたうえで1939年9月、ドイツはポーランドに侵攻、これをみたイギリス・フランスがドイツに宣戦布告した。
- 日独伊三国同盟 1940年、ドイツ・イタリア・日本の間で結ばれ、結束を強化した。1941年、ドイツは独ソ不可侵条約を破ってソ連に侵攻、戦火がヨーロッパ全土に広がった。
- ドイツの占領政策 ドイツはユダヤ人を迫害し、アウシュビッツなどの強制収容所に送り殺害した。ドイツに占領されたヨーロッパ各地で一般人によりレジスタンスと呼ばれるドイツに対する抵抗運動が展開された。
- 日ソ中立条約 1941年、北方の安全を確保するためにソ連との間で調印された。
- 大東亜共栄圏の建設 日本は、日本の指導のもとで欧米の植民地支配を打破し、アジアの諸民族だけで栄えていくことを主張した。日本がフランス領インドシナの南部を占領すると、アメリカは日本への石油の輸出を禁止した。東条英機内閣と軍部は、アメリカとの戦争を最終的に決定した。
- 世界規模の戦争への発展 1941年、日本軍がハワイの真珠湾を攻撃して太平洋戦争が開戦、日独伊の枢軸国と米英ソ中などの連合国との戦いになった。
- 戦局の展開 日本は短期間のうちに東南アジアから,太平洋の広大な地域を占領したが、1942年のミッドウェー海戦の敗北を機に、戦況は不利になっていった。
戦争の終結
- 戦時下の国民生活 徴兵対象ではなかった文科系の大学生らが軍隊に召集され (学徒出陣)、中学生や女学生も軍需工場で働き (勤労動員) 、都市部の小学生は空襲を避けるため農村部に避難した (集団疎開)。
- ヨーロッパの戦況 1943年にイタリアが、1945年5月にドイツが降伏した。
- 日本の降伏 1943年、ガダルカナル島で敗北。 1944年、サイパン島陥落、東条英機内閣が退陣。 1945年3月、東京大空襲、アメリカ軍が沖縄に上陸。 1945年7月、連合国は日本に無条件降伏を求めるポツダム宣言を発表、日本はこれを無視。 1945年8月6日、アメリカは原子爆弾を広島に、9日に長崎へ投下した。 ソ連はヤルタ会談の秘密協定にのっとり、日ソ中立条約を破って参戦した。 日本はポツダム宣言を受け入れることを決定。8月15日に昭和天皇がラジオ放送で、国民に終戦を伝えた。
経済大国日本と国際社会の変化
- 領土の返還 1968年、小笠原諸島がアメリカから返還され東京都に属した。 1972年、沖縄がアメリカから返還されたが、島内には軍事基地が残された。
- 高度経済成長 日本経済は1955~1973年の間、年平均10%程度の高成長が続いた。 1964年にはアジアで初のオリンピックを東京で開催した。オリンピックの開催に合わせて東海道新幹線が開通した。 一方で公害問題が深刻化し、熊本の水俣病・阿賀野川の新潟水俣病・四日市ぜんそく・富山県神通川のイタイイタイ病、これら四大公害裁判では住民が勝訴した。 1967年には公害対策基本法が制定され,環境庁が設置された.
- 第四次中東戦争 1973年に勃発、原油価格が上昇して石油危機が発生、高度経済成長が終わった.
- 生活の変化 カラーテレビ・クーラー・自動車が普及して国民の生活が豊かになった。
- 冷戦の終結 1989年、ベルリンの壁が取り壊され、翌90年には東西ドイツが統一された。 ゴルバチョフ政権がペレストロイカ (再建築の意) と呼ばれる改革を行うが失敗。1989年、社会主義国の象徴であったソ連は解体した。
- 国際協調への動き 1975年に主要国首脳会議 (サミット) が始まり、現在は日本など八カ国が参加。 ヨーロッパ共同体 (EC) から発展して、ヨーロッパ連合 (EU) が1993年に発足した。
- 地域紛争 1991年、イラクがクウェートに侵攻して湾岸戦争が勃発した。 2001年、同時多発テロが発生、アメリカはアフガニスタンを攻撃した。 2003年、アメリカがイラクを攻撃、イラク戦争が勃発。
冷戦後の日本と世界の課題
- 平和維持活動 (PKO) 1992年、自衛隊が初めて海外に派遣された。
- バブル経済 1980年代後半に始まった好景気で、株式と土地の価格が異常に高くなった。1991年にバブルは崩壊して不景気になった。
- グローバル化の進展 世界を一体化しようとする動きが進んでいる。
- 地球温暖化 海面の上昇や農作物の不作などを引き起こす。1997年に地球温暖化防止京都会議で京都議定書を採択し、温室効果ガスの排出量を削減する取り決めがなされた。