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羊をめぐる冒険17 「エピローグ」

ジェイは相変らずじゃが芋をむいていた。アルバイトの若い女の子が花瓶の水をかえたり、テーブルを拭いたりしていた。
北海道から街に帰ると、まだ秋は残っていた。

ジェイズ・バーの窓から見える山は綺麗に紅葉していた。僕は開店前のカウンターに座ってビールを飲んでいた。
ピーナツの殻を片手で割るとぱりっという気持の良い音がした。

「そんな風に気持良く割れるピーナツを仕入れるのも大変なんだよ」とジェイは言った。
「へぇ」と僕はピーナツをかじりながら言った。

「ところでまた休暇なのかい?」
「やめたんだ」

「やめた?」
「話すと長くなる」
ジェイはじゃが芋を全部むき終えると大きなざるで洗い、水を切った。「それでこれからどうするの?」

「わからないよ。僕の退職金プラス共同経営権の買い取りぶんが少し入る。たいした金じゃないけれどね。それからこういうのもある」
僕はポケットから小切手を出して金額を見ずにジェイに渡した。ジェイはそれを眺めて首を振った。

「凄い金額だけど、どことなくうさん臭そうだね」
「実にそのとおり」
「でも話すと長くなるんだろう?」

僕は笑った。「それをあんたに預けとくよ。店の金庫に入れといてくれよ」
「金庫なんてどこにあるんだい?」
「レジでいいじゃないか」
「銀行の貸金庫に入れといてやるよ」とジェイは心配そうに言った。「でもこれをどうするんだい?」

「ねえ、ジェイ、この店に移る時に金がかかったんだろ?」
「かかったよ」
「借金は?」
「ちゃんとあるよ」

「その小切手ぶんで借金は返せるかい?」
「お釣りがくるよ。でも……」
「どうだろう、そのぶんで僕と鼠をここの共同経営者にしてくれないかな? 配当も利子もいらない。ただ名前だけでいいんだ」

「でもそれじゃ悪いよ」
「いいさ、そのかわり僕と鼠に何か困ったことが起きたら、その時はここに迎え入れてほしいんだ」
「これまでだって、ずっとそうして来たじゃないか」

僕はビールのグラスを持ったまま、じっとジェイの顔を見た。

「知ってるよ。でもそうしたいんだ」
ジェイは笑ってエプロンのポケットに小切手をつっこんだ。「あんたがはじめて酔払った時のことをまだ覚えてるよ。あれは何年前だっけね?」

「13年前」
「もうそんなになるんだね」

ジェイは珍しく30分も昔話をした。ぱらぱらと客が入ってきたところで僕は腰を上げた。

「まだ来たばかりじゃないか」とジェイは言った。
「しつけの良い子は長居をしないんだよ」と僕は言った。

「鼠に会ったんだろ?」

僕はカウンターに両手を置いたまま深呼吸をした。

「会ったよ」

「それも長い話なんだね?」
「あんたがこれまでに聞いたことがないくらい長い話だよ」

「端折ることもできない?」
「端折ると意味がなくなっちゃうんだ」
「元気だった?」

「元気だったよ。あんたに会いたがってた」

「いつか会えるかな?」

「会えるさ。共同経営者だもの。その金は僕と鼠とで稼いだんだぜ」
「とても嬉しいよ」

僕はカウンター椅子から下りると懐しい店の空気を吸い込んだ。
「ところで共同経営者としてはピンボールとジューク・ボックスが欲しいな」
「今度来るまでに揃えとくよ」とジェイは言った。

僕は川に沿って河口まで歩き、最後に残された50メートルの砂浜に腰を下ろし、二時間泣いた。そんなに泣いたのは生まれてはじめてだった。
二時間泣いてからやっと立ち上ることができた。どこに行けばいいのかはわからなかったけれど、とにかく僕は立ち上り、ズボンについた細かい砂を払った。

日はすっかり暮れていて、歩き始めると背中に小さな波の音が聞こえた。

(完)

 

この物語を初めて手にした40年前、当時の私は「僕」のような人間だった。平穏な日々の中にありながら、どこか得体の知れない空虚さを抱えていた。

その一方で、「黒服の男」が象徴するような、力や権力への野心も人一倍強かったように思う。
しかし今振り返れば、それは「競争社会のトップにいなければならない」「一人でいることは惨めなことだ」という、社会からインストールされた呪い、あるいは洗脳に怯えていただけだったのだ。

だからこそ、今の私には「鼠」の生き方が切実に響く。

「俺は俺の弱さが好きなんだ。……夏の光や風の匂いや蝉の声や、そんなものが好きなんだ。どうしようもなく好きなんだ。君と飲むビールや……」
そう語った鼠のように、不完全な自分自身を、そして何気ない日常の断片を愛すること。それこそが、当時の私に最も必要だった視点なのだと思う。
効率や完璧さが求められる現代の「羊の論理」に対し、鼠が選んだ、死をも辞さない抵抗は、一つの究極の救いのようにさえ感じられる。

物語の結末、妻や職、そして青春時代の象徴であった唯一無二の親友さえも失い、一人海辺で泣きじゃくる「僕」の姿に、私は自分自身を重ねずにはいられなかった。
しかし、その重苦しい喪失感の底には、かすかな再生の予感も漂っている。本作の後日談とされる「ダンス・ダンス・ダンス」において、人は虚無の中からいかにして再生していくのか。今、最も読みたい一冊となった。

再読して改めて驚かされたのは、この物語に奥行きを与えている圧倒的なリアリティだ。
政財界からメディアまでをも網羅し情報を支配するシステムの不気味さ、羊に関する該博な知識、そして史実と見紛うばかりの「十二滝町」の没落の歴史。
緻密な下調べに基づいたこれらの描写が、非現実的なストーリーに揺るぎない土台を与えている。

また、村上氏独特の文体には、40年前と変わらず酔わせられた。
特に「沈黙」や「雨」の描写は秀逸で、幽霊となった鼠と再会する場面では、文字通り不思議な寒気に襲われた。
冒険の端緒が殺人事件などではなく、ただ一枚の「羊の写真」であるという着想には、今なお脱帽するほかない。

村上氏は1992年のバークレーでの講演で、本作がレイモンド・チャンドラーの小説構造、すなわち「孤独な都市生活者が何かを捜し、それを見つけた時には既に損なわれ、失われている」という構図に影響を受けたことを明かしている。
チャンドラーの「長いお別れ」も、同じく40年前に読んだきりだ。「探索の末の切ない再会」という構図を確かめるべく、こちらも併せて再読してみようと思う。

「羊をめぐる冒険」との再会は、私にとって単なる読書の時間を超え、過去と現在を繋ぎ直す豊かな体験となった。

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