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ブダペスト最終夜にニコラス・ケイジとばったり

ブダペスト最終夜にニコラス・ケイジとばったり

ブダペストに滞在するのも今日が最終日。ブダペストには中欧で最大規模といわれる「エチェリのノミ市」があるが、場所が遠いので、市街地に立地する「ペトーフィのノミ市」に向かう。

地下鉄を「英雄広場駅」で下車、市民公園を横切ると鉄柵で囲まれた「ペトーフィホール」が姿を現す。

このホール前庭に毎週土・日曜日、市が立つそうだ。

ガイドブックには120Ftの入場料を支払うとあるが、時期外れのためか、そのまま園内に入ることが出来た。出品者もそれほど多くない。

ホール内で朝食代わりの軽食を摂ってから表に出ると、酒をショットグラスで販売しているブースが目についた。

早速、食後酒にハンガリー特産のウニクム(unicum)をいただくこととする。

この酒は数十種類のスパイスとハーブを配合して作られ、胃腸の調子を整えて健康増進に効能があるという。

飲めば飲むほど身体に良いとは、愛飲家にはこたえられない。

味は養命酒に似ている、というよりは、養命酒そのものだった。

 

ベトーフィでの買い物は控えめにして、旅の総決算となる土産の買い出しは、一昨日に下見をしておいた「中央市場」で行うことにする。

 

ところが市場に着いてみると、シャッターが下りたままで、営業している気配がない。

何人かの観光客が我々同様、所在なさげにウロウロしている。

 

ガイドブックには、休業日は日曜・祝日と書いてある。

 

「今日は土曜日だから開いているはずだが」と思いながら、ガイドブック巻頭の基本情報ベージをめくると、11月1日はハンガリーでは万聖節の祝日と記されているではないか。

 

ポーランドでのサマータイム終了日といい、またしても年に一度の特別な日に遭遇してしまった。

人気のない市場

 

思えばスペインのバルセロナを訪れた時のこと。

F1グランプリ開催日と重なってしまい、宿が取れなくて四苦八苦したことがある。

ようやく見つけた粗悪なユースホステルで、ドミトリーなのに一晩50ユーロを吹っかけられたものだ。

 

旅行の際は天気だけでなく、訪問国の生活祭事にも気を配ることが必要だ。

そんな反省を込めながら中央市場を後にしたのだが、最終日のスケジュールはびっしりで、むしろ買い物の時間がカットできて幸いだったくらいだ。

 

まずは、中央市場からくさり橋に至るブダペスト随一の繁華街、バーツィ通りをドナウ川に向かう。

歩行者天国となっている通りの両側にはレストランや土産品が並び、活気がある。

ドナウ川の河畔に到着、ここから一時間ほどの観光船クルーズを楽しむ。

 

反射する光と渡る風が交差して、気持ちが良い。と、感慨に浸る間もなく、次は「温泉」へと向かう。

クルーズ船から、半年前に泊まったマリオットホテルを見上げる

ブダペストは50近い浴場を持つ、世界有数の温泉地であり、その歴史は2000年前、ブダペストを征服したローマ帝国が浴場を作った時代に遡る。

風呂チェスで有名なセーチェニ温泉を目ざして、同名の地下鉄駅で降りる。

地上に出ると、庭園の奥に重厚な建物が見えた。

 

建物前で記念撮影していると、そばにいた人がニヤニヤしながら、建物の裏に回れ、と指を指す。

ぐるりと建物を回り込むと、ギリシャ彫刻をあしらった荘厳な玄関が姿を現し、圧倒される。

先ほど記念撮影したのは、出口だったらしい。それでも十分、風格があったが。

 

建物に入って料金を支払い、ゲートを通過しようとすると係員が、待て、と制止する。時間単位で入場者数が制限されているようだ。

ほどなく順番がきて、ロッカールームで水着に着替えて浴場へ。

浴槽に浸る。ぬるい。すぐに上がり、屋外浴槽に移動する。

移動の際はサンダルがあると便利だとガイドブックには書いてあったが、なくても不便は感じない。

屋外浴場は露天風呂というより巨大なプールで、流水プールもある。

巨大なプールに何十人もの人々が、思い思いのスタイルでぬるま湯に浸かっている。

メタボなんかどこ吹く風とばかり、巨大なお腹を揺らしながらプールサイドを歩く人、黒い肌、白い肌、老人、子ども。様々な人々を眺めながら、日本から遠く離れた地でお湯に浸かっている事実をかみしめていると、不思議な気分になってくる。

旅の疲れがじんわり沁み出していくようで心地よい。

セーチェニ温泉は、市民公園内に位置する好立地。風呂上がりに公園内を散策しながら、ヴァイフニャド城の売店で、コーヒー牛乳ならぬホットワインを飲む。

 

心地よい酔いの中で温泉の余韻を感じながら、すでに歩き慣れたドナウの川辺に戻り、ヴィガドー広場のレストランへ。

屋外の席に陣取り、ライトアップされたくさり橋を望みながら、旅の最後となる夕食をパスタ料理で締めくくった。

篠さんがタバコを買うというので、マリオットホテル裏の雑貨店に足を伸ばす。

宿へ帰る道筋の、デアーク広場に近いホテル前に黒いRV車が停まっており、その隣でノートを抱えた男が二人、誰かを待っているようだった。

政治家にインタビューを求める記者だろうかと思いつつ、車の脇を通り過ぎると、二人の男が「ニコラス」と叫びつつ走り出した。

 

振り返ると、長身の男がホテルから出て来てRV車に向かって歩いているところだった。その馬のような細長い顔はスクリーンで見覚えがあった。「ニコラス・ケイジ?」

状況がよくわからないまま私は、ニコラスにサインを求める二人の男の後についた。

私にはサイン帳がないので、ダメ元で持ち合わせていた「地球の歩き方」とボールペンをニコラスの前に突きつけると、意外にも彼は本を受け取り、その裏表紙にボールペンを走らせてくれた。

あるいは、東洋の果てから自分を追っかけてきて、ホテル前で何時間も待っていた熱狂的なファンだと、美しき勘違いをしたのかもしれない。

いずれにしても千載一遇のチャンスだ。

図に乗った私はニコラスの隣に立った。

さあ、ここは上さんの出番だ。毎日100枚以上の写真を撮っていた上さんのことだ。ハリウッドスターと未来のオリエンタルスターのツーショットをスクープすべく、きっとカメラを構えてスタンバイしているはずだ。

「頼みますよ、上さん」期待を込めてピースサインを出した私の目に飛び込んできたのは、血相変えてこちらに走ってくる上さんの姿だった。彼は自分も一緒にカメラに収まるつもりらしい。

こうなったら頼みは篠さんしかいない。と、すでに篠さんも、上さんの隣でポーズをとっている。

被写体は揃ったがカメラマンがいない。絶望感が胸をよぎったそのとき、ホテル関係者らしき男が「カメラ、カメラ」と叫んだ。

上さんが男にカメラを手渡す。この男の仕切りっぷりは見事で、上さん篠さんも、写真に収まるよう、彼に促されたとのことだった。

ホテルマンは、記者風二人の撮影も次々にさばきつつ、シャッターを押すと同時に素早くカメラを上さんに返すと、車に乗ろうとするニコラスを引き止めて、最後はちゃっかりと自分がツーショットに収まっていた。

 

ニコラスを乗せた車が走り去り、一瞬の出来事に呆然とする私たち。「その、ナントカ刑事ってのは、ドラマの役名かい?」と篠さんが口を開いた。

「違いますよ。ニコラス・ケイジといって、アメリカの有名な俳優ですよ」「ふーん」と頷く篠さんにも、事の重大さが分かりつつあったようで、「じゃあ、俺がタバコを買いに行ったから、彼と出会えたわけだ」と、自分の行動をそれとなく売り込んだ。

 

それまで、タバコを買いに遠回りしたことで劣勢に立たされていた篠さんだったが、一気に息を吹き返して饒舌だ。

「で、そのマイケルってのは、どんな映画に出ているんだい?」「いえ、だからマイケルじゃなくて、ニコラスです」

 

「地球の歩き方」の裏表紙には、ツルツルの表面にボールペンが滑ったような黒い曲線が一本、踊っているだけだった。

それでもマイケル、いやニコラスの直筆サインだったのだが、帰りの飛行機で、前席シートの雑誌ホルダーに置き忘れるという失態を演じて、幻のお宝となってしまった。

 

サインにとどまらず、ガイドブックに書き込んだメモなどを、ぼんやり眺めるだけで旅の軌跡をたどることができるのだが、あの本は、誰かの手によって何の感慨もなく、ごみ箱に直行したのだろう。

惜しいことをした。

 

一方、「絶対にブレてるよ」と上さんが心配していた写真の方は、帰国後に確認するとくっきり写っており、ホテルマンの手際のよさに、我々は深く感謝したのだった。

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