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「やりたいことがある人は未来食堂に来てください」 小林せかい

神保町にある定食屋「未来食堂」は、カウンター12席、ランチメニューは900円の日替わり定食1種類のみ (「おひつごはん好きなだけ」=おかわりは自由) 、スタッフは「小林せかい」さんひとり。
夜はランチの残りを「あつらえ」として提供。客は飲み物を持ち込む代わりに、その半分を店に寄付する「さしいれ」と名付けられたスタイルで運営されています。

「まかない」というのは、50分間お店の手伝いをすれば、一食分が無料になるシステム。「まかない」を担当した人が利用しなかった無料券は、「ただめし」として店の前に貼り出され、誰でもタダで一食を食べることができます。

飲食業界の常識を超えた、様々な工夫が凝らされた未来食堂、ひと月の売上高は120万円、原価率は25% (こうした決算額もオープンにされています)。小林さんは「日経WOMAN」のウーマン・オブ・ザ・イヤー2017を受賞しました。

ユニークな「まかない」システムですが、実際には飲食店開業を目指す人が、勉強のために利用することが多いようです。
本書は、希望にあふれつつも悩みや不安を抱える、そうした方々に向けた、小林さんからのメッセージといえます。
したがって、書籍の分野としてはビジネス書に分類されるわけですが、小林さんの考え方や生き方が色濃く反映されており、「世界食堂」をオープンした私にとって共感するところが多く、親しみの持てる書となっています。

 

第一章 考え方

小林さんは、東京工業大学数学科を卒業後、IBMとクックパッドにITエンジニアとして勤務しました。

特に料理が得意というわけではなく、飲食店を営むにあたり、最寄りの2つの図書館においてある料理本をすべて読破、「まかない」や「あつらえ」というネーミングにあたっては、辞書コーナーで何十冊もの辞書をひいたそうです。

「私は決して天才型の人間ではありません。何万という単語を収集して『これだ!』と思う一つを見つけているだけです」と語る小林さん、考え方の基本は「自分のやりたいことを深掘りする」ということ。

「世の中で正しいと思われいている概念だけをパッチワークしても、新しいアイディアは浮かばない」と指摘、「当たり前と思われていることも見直すことが重要」と語ります。

「飲食店にメニューがあるのは当たり前」という固定概念を覆し、「ランチメニューは1種類だけ」という未来食堂のシステムは、こうした考え方から生まれました。
メニューが1種類しかないので、客が座ったら定食を運べばいい。オーダーどりに時間を割かれることもないため、ランチタイムの平均回転率は4.5とのこと。

 

「軋むように感じる『違和感』をヒントに、皆が理解できるレベルにまで落とし込み、イメージを描いていけば、あなたにしかできない取り組みが生まれる」と強調する小林さん、そのバックボーンには、飲食店でのアルバイト経験があります。

そこでは、100円の単価アップのためにメニューを複雑化した結果起きる「厨房のてんやわんや」や、「こっちは頑張っているのだから色々いうな、とばかりに、現状を変えることなく、生産性の低い激務に溺れることを正当化する、店側の論理」がまかり通っていました。

厨房のタイマーにしても、「百均で買ったタイマーが一つあるだけで、扱いずらかった」との経験から、「ツールの買い直しで解決できることは、1秒でも早く取り組むべき」との方針を持ちます。

 

考え方の2点目として挙げるのは、「問題点と恐怖心を混同しない」こと。

飲食店経営の経験がない小林さんが、「食堂を一人で切り盛りする」と決断できたのは、言いようのない恐怖心を問題点としてとらえ直し、解決策を講じたからです。

 

「あれもこれも、すべて一人でやらなければならないというのは思い込み」との観点で、「求められていない苦労を背負い込むのは、自己満足にすぎない」と分析、「ご飯は、おひつからお客さんによそってもらえばいい。掃除もお客さんに手伝ってもらえばいい」との解決策に至ります。

料理に関しても、「早さなど、おいしさ以外の軸を磨いて、トータルで100点に近づけばいい」「『あつらえ』の種類が切れたら、残った小鉢の中身を多くする。出来る範囲、あるもので考える」と対応。

その対応の根底にあるのは、「世の中には、缶詰だけの居酒屋だってある。客が喜べばいいじゃないか」との視点。「あつらえがなくなったから閉店しなければ、というのは店側の思い込み。梅干しだけでも客が喜ぶのなら、店を開ける」

 

考え方の3点目として挙げるのは「時間を効率的に使う」こと。
小林さんは自身を「大事なこと以外は、まったくやらない人間」と評し、「私は、今日の西暦も、首相の名前も知らないんです」と苦笑します。

「やろう、と思っている段階でそれは、やりたくないこと」との観点で仕事をとらえ、そうした気の乗らないことを進めるため、「~時まで作業したら、あとはのんびり過ごす」など、量ではなく、時間で仕事をマネジメントしているそうです。

 

「客に関係のない、やらなくてもいいムダをやめる」との理念のもと、おつりの管理を簡素化するため、メニューの値段は100円単位に設定、結果、10円玉のコインケースは店に存在しないとのこと。

新メニューの決定にあたっては、「客に聞くのが一番効率良いし、楽しんでもらえる」との考えのもと、客とメニュー会議を開きます。

 

第二章 アクション

アイディアを行動に移すとき、小林さんが重要視するのは「徹底的に既存を学び、因数分解すること」

「独創的で新しいことがひらめくのは、ひらめくまで考え抜くから」として、「思考がジャンプするまで、情報をインプットする。知らないことは思いつかない」と主張します。

実際、「食に興味があるタイプではなかった」という小林さんが、「あつらえ」を作るにあたり、「チェーン飲食店のマニュアルなど、図書館の棚6段分の本を読破した」そうです。

その結果、「食材の切り方や味付け、盛り方など一ワザある工夫で、独創的なあつらえが可能になった」といいます。

 

したがって、「出来ない理由を作り上げ、それに私が同意することを期待する」人に対しては、「足りなければ、学びあるのみ」と、檄を飛ばします。

 

そして、こうしたアクションを「見せる」ことが重要、とも言います。

その理由を、「『完成したら公表しよう』では人の心は動かない。滑稽で弱い自分の奮闘ぶりを真摯に伝えることで、応援してくれる人が現れる。すると、孤独に行動するよりモチベーションがあがる」と述べます。

開店準備中は、「こんにちは、あなたの普通をあつらえる未来食堂です」で始まり、「いつかお会いしましょう」で終わるブログ、「未来食堂日記」を発信し続けたそうです。

 

開店後も続くブログは1年半に及びますが、その数は80本と、決して雄弁ではありません。それは、ただ「頑張ってます」の発信ではなく、「その時点での『結果』を見せることを、心掛けた」ため。

 

「能力がなかったからチャンスが生まれた」と、謙遜する小林さん。「偏差値60から70に上がるのでは注目されなかった。30から60へと成長しようとする、意欲あるキャラクターとして映ったから、身近に感じてもらえた」と振り返ります。

 

ただし、こうした「見せる」取り組みは、「目立つことに対する基礎体力がないとできない。つまり、不特定多数に晒されることに慣れているかどうかが問われる」と、指摘します。

 

未来食堂には、多くの起業希望者が訪れますが、そうした人たちに対して小林さんは、必ず二つのことを訊くそうです。

それは、「いつから始めるの? 屋号は何て言うの?」という質問。

「やりたいことが、明確に絵として描かれ、言語化できていれば、完成したも同然」との考えからです。

 

小林さん自身がプレゼンをするときも、「人は、自分に関係あること、得のあることでないと、『ふーん』で終わってしまう」として、「自身が参加しているような情景を、相手が頭の中に描けるようなプレゼン」を心がけると言います。

たとえば、「私は唐揚げにも酢をかけちゃうんですが、○○さんにも、そういうのってあります?」と相手をワクワクさせて、「未来食堂では、おかずのオーダーメイドができるんですよ」と話しをつなぐ、のように。

 

飲食店を経営していると、ガスの容量不足や測量誤りなど、自身の専門外の問題で決断を迫られることがありますが、「即断てきるよう、判断の軸を決めておくことが重要」と語ります。

小林さんは、「安全、衛生、効率の順に優先順位を決めている」と述べ、これは「ディズニーランドの運営指針と同じ」とのこと。

やはりこれも飲食店でのアルバイトで、「効率性を重視して、190 cmの高さに棚が取り付けられていたが、収納物が落下したら危ないなあ、といつもヒヤヒヤしていた」との経験が、ヒントになったようです。

 

第三章 怠けるために

「変わらないのは理念、変わるのは形態」とのスタンスのもと、PDCA (Plan – Do – Check – Action) を最速で回すべく、「貼り直しがきくマスキングテープなど、ツールは変更しやすいものを使う」「まかないの新人が毎日入店する状況下、洗剤は種類ごとに色分け表示する、食器はパッと見てわかりやすい配置にするなど、環境を整える」

 

「味噌汁には漆器椀」といった、「当たり前」との既成概念にとらわれず、効率性の観点で考える。

 

質問には一般的回答で答えず、お互いに質問を積み重ねることで、知識をキャッチアップする。

 

第四章 始めたことを伝えるために

宣伝にあたって小林さんは、「『来てください』ではなく、『行きたい』と思わせることが必要」と強調。
そのために、「『私のために発信された情報』だと受け止めてもらえる内容」「読んだ人のプラスになる情報」を発信すべきとし、具体的には、「この著書が並べられた書店に、未来食堂までの行き方を描いた地図を掲示する」「今日は暑いので、冷製スープにしました、とのメッセージ、さらにスープの作り方を表示する」など、例として挙げます。

 

そして情報を発信するとき、「炎上を気にしないこと」とアドバイス、「八方美人の文章は、誰からも嫌われず、誰からも好かれない」との理由からです。

 

メディアから取材を受けることも多くなった小林さん。

取材者には、「一度はお客様として、お店に来て頂きたく思います」「営業時間内でのインタビューは、店の貸し切りが必要です」「撮影時には、『~の撮影中ですが、通常どおり入店頂けます。お騒がせして申し訳ありません』とのパネルを掲示してください」と、ハッキリ伝えるそうです。

同時に、「私は、一緒に記事を作るプロジェクトメンバー」との考えのもと、取材の10分前にしていることは、「相手媒体に関する最新情報の検索」。取材中にしていることは、「相手を名まえで呼ぶ、こちらからも質問する」

こうした対応で、「取材者にも店のファンになってもらえる」。

 

そして、取材者に伝えるべきことと、母やリケ女であることなど、伝える必要のないことは区別しているそうです。

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