今日はサンパウロをあとにリオデジャネイロへ向かい、20:40の飛行機で帰路につく予定。南米での長距離バス乗車もこれが最後になる。
一昨日、ネットでバスチケットの購入を試みたが、ブラジルの納税者番号(cpf)を入力する画面が出てきて、そこから先に進むことが出来なかった。
仕方なく昨日、リオ行きバスが運行されている、市内北部の「チエテ」バスターミナルに出向いてチケットを購入した。
ターミナルには、いくつものバス会社の路線が乗り入れている。
ネットでチェックしたバス会社をメモしておくべきだった、と後悔。
大ターミナルではあるが、窓口で英語は通じない。

待合室とは透明なドアで仕切られ、バスが入線するとドライバーが外から開錠する仕組み。




コシーニャ (ブラジルのコロッケ)、ケーキ、ビール で18BRL (640円)
リオデジャネイロには、予定時刻からちょうど一時間遅れの13:15に到着
バスを降りるやいなや、銃を手にした軍人に荷物をチェックされる。
シニア協力隊の菅谷さんが、事務局から「リオデジャネイロへの旅行は禁止されていた」というが、その理由がおぼろげに、緊張感とともに伝わってくる。



あともう少しと、再び歩き始めたが、東へ行くべきところを南に向かってしまった。






コパカバーナのふんどし美女やイパネマの娘は泡沫と消え、キリスト像が涙でかすむ。
「もう一泊できたらなあ」という叶わぬ思いを振り払い、市内北部に位置する「ガレオン国際空港 (GAG)」へ向かうためバス乗り場を探すのだが、大通りを歩いてもそれらしきものは見当たらない。
空港を結ぶ「フレスコン」と呼ばれるバスは、「停留所がなく、ルート上の道路で手を挙げれば止まってくれる」と、ガイドブックには書いてあるのだが、どこがルートなのか分らない。
通行人に尋ねても「タクシーで行きなよ」みたいな答えしか返ってこないので、仕方なくそれに従ってタクシーをつかまえた。
運賃50BRL (1700円)
空港に到着、私が乗るマイアミ行きのチェックインカウンターを、電光掲示板に探すのだが見当たらない。
インフォメーションカウンターで尋ねると、Eカウンターに行けとのこと。
しかし、デルタ航空のチェックインは行われているが、アメリカン航空は見当たらない。
ターミナルが変更になったのかもしれない、と勝手に判断して、ターミナル1に移動する。
延々と続く暗い通路を、重い荷物を担いで五分ほど歩いて辿り着いたターミナル1だが、ガランとしたフロアが広がるばかりで、人影すら見当たらない。
ちょうどエレベーターが開いて乗務員らしき人が降りてきたので尋ねると、このターミナルはクローズしているとの返事。
仕方がないので再び暗い通路を引き返し、インフォメーションカウンターで再度尋ねると、アメリカン航空のカウンターが、フロアの一番奥にあるとのこと。
ラタム航空のカウンターのさらに奥に進むと、Iカウンターが現れ、なるほど、アメリカン航空全ての路線のチェックインを行っていた。
マイアミ行きの表記が電光掲示板に無かったが、とクレームをつけるも、たまに故障するんですよ、と適当な答え。
チェックインの列に並ぶが、これがまた、なかなか進まない。
列に並んで既に何分経ったのだろうかと思い、壁の時計を見ると、先ほど見た時と、同じ時刻を表示している。
時計も故障しているようだ。
やっと順番が来て、係員が荷物にタグを取りつけようとするのだけど、シールの粘着部分が予期せぬ場所に張り付いてしまい、剥がそうとしたらクシャっと粘着部分同士が張り付いてしまった。
係員が、いまいましそうに引き離そうとすると今度は、ベりっとシールがちぎれてしまった。
一瞬、係員の動きが凍り付いたが、バーコード部分が残っているのを確認すると、シールの端を荷物に絡ませて、何事も無かったかのように、爽やかな笑顔で搭乗券を渡してよこした。
ワインボトルが入っているので、荷物を丁寧に扱ってくれと頼もうと思っていたのだが、預かってもらえただけで十分です、のような気持ちになって、口の中で反芻していた依頼の言葉を飲み込んでしまった。
彷徨の末に、やっと手に入れた搭乗券。
よくぞ私の手にと、少し涙目になりつつ、よく見ると、出発時刻が 23:00 になっているではないか。
出発予定の20:40から、2時間以上の遅延だ。
マイアミではダラス行き07:10発の飛行機に乗り継がねばならないのだが、乗換え時間は2時間40分しかなかったはず。
果たして、ダラス行きの便に接続できるのか。
私の不安をよそに飛行機は、23:00をさらに10分遅れて離陸した。
到着予定時刻は06:30とのアナウンス。
あとは、少しでも飛行スピードを早めて、時間を短縮できるのを祈るしかない。
頑張れ、ボーイング
私に出来ることはないので、これで寝る。