「闘う免疫」 野本亀久雄/著 1990年10月/刊

「闘う免疫」 野本亀久雄/著 1990年10月/刊

体内で繰り広げられる「自己」と「非自己」との闘い、インナーウォーズ

60兆の細胞を持ち.そのうちの200分の1.500グラムが毎日入れ替わっているヒトの身体。その生命は、homeostasis (ホメオスタシス / 恒常性)と呼ばれる復元力により、同一性を維持することで保たれている。

例えば、寒気に晒されるとヒトは体温を上昇させて恒常性を保とうとする。

この仕組みは、皮膚から送られたシグナルに脳の視床下部が反応し、副腎皮質からアドレナリンの分泌を促すことで末梢神経の血流を抑えて体表からの熱放出を防ぐと同時に、肝臓はグリコーゲンをブドウ糖に変えて血液中に放出するもの。

真珠養殖は、アコヤ貝の生体防御反応を利用したものと言える。

細菌やウィルスに対する免疫反応も、この恒常性維持の一つ。

細菌とは、自己増殖の能力を持つ大きさ1ミクロン程度の単細胞生物。

細菌の50分の1程度の大きさであるウィルスは、自己増殖せず、宿主の細胞に自分を複製する設計図を転写することで増殖する。ウィルスの大きさは、ヒトを地球とした場合、サッカーボールの大きさしかない。

体重の70%が水分で構成されたヒトの身体は、いわば水温36度前後の小さな海であり、この潤いに満ちた生体は、細菌やウイルスにとっても絶好の生存環境。

これら細菌やウィルス・微生物など異物である「非自己」と、全細胞である「自己」とが、体内で「inner wars」を繰り広げている。

インナーウォーズを戦うミクロ戦士の主役、白血球

免疫細胞とも呼ばれる白血球だが、その種類はさまざま。

「好中球」は、食物を噛むたびに傷つく歯肉から侵入しようとする細菌たちを分単位で処理するような、短期決戦を得意とする戦士。殺菌力は強いが、その代償として1~2日程度の短い命。傷口に発生する膿は、細菌との戦いで死んだ好中球の死骸。

殺菌に時間がかかるタフな細菌を取り込むのが「マクロファージ」。殺菌力は強くないが、最大数ヶ月という長い寿命を持つ。

白血球のうちリンパで見られる細胞種は「リンパ球」と呼ばれ、3つの主要な種類がある。

細菌やウィルス、異常細胞を攻撃する「T細胞」

抗体を生成して細菌やウィルスの働きを止める「B細胞」

ガン細胞や感染細胞を破壊する「ナチュラルキラー細胞(NK細胞)」

これら白血球は、鍵と鍵穴の関係のように、細菌やウイルスの細胞膜に存在する特定の構造と噛み合って破壊する。

戦争における情報戦の役割を担うのが「サイトカイン」で、自らは殺菌力を持たないが、他の細胞に作用して白血球の戦いを援護する。

例えば、高い温度環境で活発な食作用を発揮するマクロファージは、異物を取り込むとサイトカインの一種であるインターローキンを放出して体温を上昇させて活動しやすい環境を作るし、NK細胞は、やはりサイトカインの一種であるインターフェロンで活性化される。

ミクロ戦士たちの一方の旗頭、免疫系のミサイル「抗体」

抗体(antibody)とは、リンパ球の一つであるB細胞が産生する糖タンパク分子で、特定の非自己 (抗原) とだけ結合して動きを封じ、ペプチドに分解して細胞膜表面に提示して好中球やマクロファージ、NK細胞に殺させる。

「抗体」の名は、抗原に結合するという機能を重視した名称で、物質としては免疫グロブリン (immunoglobulin)と呼ばれ、Igと略される。

胎児は母親から胎盤を経由してIgG (免疫グロブリンG)を得ており、ヒト新生児は誕生時すでに高レベルの抗体を持っている。母乳にも抗体が含まれており、新生児が自分自身の抗体を合成できるまで細菌感染を防御する。

このような仕組みを「受動免疫」と呼ぶ。

無害化した細菌やウィルスを与えて、抗体を作らせた牛から搾乳した「免疫ミルク」を、予防免疫協会は普及に努めている。

一方、病原性の低い非自己 (ワクチン) を投入し、体内に病原体に対する抗体産生を促し、感染症に対する免疫を獲得するのが「能動免疫」

「ワクチン」の名は、ラテン語のvacca (牛) から来ており、ジェンナーが発見した「牛痘ウィルス」に由来する。

新大陸の二大帝国であったアステカとインカ帝国滅亡の、大きな原因の一つが天然痘。感染で次々と倒れていくインディオにとって、免疫があって発病しないスペイン人は魔術使いに見えたことだろう。天然痘は歴史の影の主役ともいえる。

 

防御網をかいくぐる非自己たちの知恵

1918年 スペイン風邪、1957年 アジア風邪、1968年 香港風邪と、大流行して猛威を振るう「A型インフルエンザウィルス」は、抗原異変を起こして新しいタンパク質の細胞膜をまとうため、以前の抗体が効かなくなる。
マラリアは、ヒトの自己成分赤血球に寄生して同化する。
水疱瘡やヘルペスは、抗体・感作リンパ球の活動範囲外である神経細胞にひっそりと潜みスキをうかがっている。そして免疫機能が低下した時を狙って復活する。

 

自己に対して抗体が作られてしまう「自己免疫病」

全身性エリテマトーデスは、全身のあらゆる自己抗原に対して抗体が作られてしまう病気。細胞分裂の盛んな皮膚に損傷が現れ、自己抗原と抗自己IgG抗体の複合体が腎臓に付着して、腎機能不全に陥ってしまう。

膠原病は、臓器の間を埋める組織に慢性炎症を起こす。

バセドウ病は、抗体が甲状腺細胞膜のレセプターと結合する結果、甲状腺ホルモンのサイロキシンが、不必要時も分泌されてしまう。

慢性関節リウマチは、IgG分子に抗IgG抗体が作られて、その複合体が血管壁に付着して炎症を起こす。

アレルギーとは、免疫反応に異常が生じたため、自分自身の組織を破壊してしまうもの。
そのメカニズムは、アレルギーを起こす物質 (アレルゲン) が体内に侵入、IgEが生成されて互いに結合、そこへ化学物質細菌が侵入して炎症を起こす。
乳幼児期の食物アレルギーが引き金となって、ダニアレルギー、アトピー性皮膚炎、気管支喘息、アレルギー性鼻炎と、年齢と共に次から次へとアレルギーが症状を変えて進展していく「アレルギーマーチ」に陥ることも。

花粉症は、花粉という非自己抗原の刺激を受けて作られたIgEが、鼻や目の粘膜にある顆粒細胞(mast cell )の表面で花粉と結合、ヒスタミンなどの化学物質を分泌することで起きる。

ストレスで自律神経のバランスが崩れると、顆粒細胞からアレルギー物質の放出が起こりやすくなる。

対症療法として抗ヒスタミンの投与、炎症まで進んだ場合はステロイドホルモンなど抗炎症剤の投与を行う。
抗原を皮下注射で投与してIgGを作り、これらに抗原を捉えさせることで、IgEが抗原に出会う機会を減らす「減感療法」も行われる。

アレルギーとは、多様性を求める生物の一つの方向性の現れかもしれない。「多様性」というのは、ある状態を希望と感じるか絶望と感じるか、その両方が存在する状態。単一の性格しか持っていないということは、ある危機的な状況は全員にとって危機的な状況になるということ。条件の変化に対応出来る個体を作るため、生物は遺伝子を多様化させる。

植物の品種改良は遺伝子の単一化の方向であり、ある特定の条件に襲われた時には、全員が死滅するしかない。

自己と非自己のはざまで

ガン細胞とは、自己由来の細胞であるにもかかわらず、自己コントロールから外れた「内なる非自己」。

正常な細胞はDNAの作用により、一定の増殖を続けた後に停止するが、ガン細胞は分裂を無限に繰り返す。また、異物性が弱いため、生体バリアーの防御を突破してしまう。

 

自己のメンテナンスによる生体防御活動の活性化

60代からT細胞やNK細胞が次第に減って、ガン細胞への攻撃力の低下、リウマチや膠原病など自己免疫病の増加を招く。高齢者の死亡原因第一位である肺炎も、若者なら咳の二つか三つで済まされる類いのものだ

ガンに罹患した場合、ガン細胞の攻撃に加え、制がん治療の副作用、さらにガンがあるという意識が招く継続的なストレスが、生体防御機能を低下させてしまう。

この回復をどう図るか。ガン細胞への攻撃ではなく、生体防御機能向上によるアプローチを考えてみる。

結核菌に感染するとマクロファージからリンパ球に至るまで、生体防御機能が全般的に高まることが知られている。結核予防ワクチンのBCG注射は、膀胱ガンに有効であることが確認されている。

結核菌から抽出して作られた丸山ワクチンは、造血系に刺激を与えることで好中球やマクロファージなど食細胞の生産を促進する。

スエヒロタケの菌糸体を培養濾過して得られる「シゾフィラン」や、漢方剤の小柴胡湯体(ショウサイコトウ)も免疫機能を調整する。

骨髄の幹細胞を破壊して白血球を減少させたマウスにクロレラを投与すると、好中球の増加やT細胞の活性化が見られる。

一方で、ガン患者の血清中にはマクロファージやリンパ球の機能を抑制する物質が出現することが分かっており、こうした抑制物質を取り除くため、血漿交換も行われる。
ガンの自覚による食欲不振状態のところに、さらにガン細胞による栄養の横取りが行われるので、生体防御を維持させる栄養管理、医食同源的な補充食にも目を向ける必要性があろう。

刺激ストレッサーに対応できなくなった時、ヒトは強いストレスを感じる。恒常性維持のため下垂体から副腎に働くホルモンが、過度に生産されて生体防御系の機能が低下して、血液中の細胞が微生物侵入の場に速やかに集合出来なくなってしまう。
強すぎるストレスを継続的に受けないよう、気分転換でストレスの環を断ち切ることが大切。

アスワンハイダムの蓄水で蚊が繁殖したり、ソウルでは宅地の郊外化で野ネズミが媒介するウィルスの脅威に晒されるなど、破壊の発想で自然に接した結果、森というゆりかごに眠るウィルスを目覚めさせたのかもしれない。

これからも新たな局面を迎えながら、インナーウォーズは展開されていくのだろう。

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