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大正デモクラシーと社会運動 / 世界恐慌とファシズム

塾の授業で珍しく、中学三年の社会(歴史)を担当しました。

大正デモクラシー

大正デモクラシーとは、1910年代から1920年代にかけて(概ね大正年間)に起こった、政治・社会・文化の各方面における民本主義の発展、自由主義的な運動、風潮、思潮のこと。

  • 護憲運動  明治維新で台頭した薩摩・長州の藩閥中心の専制政治を批判し、憲法に基づいた政治を求める運動のこと。

 

  • 第一次護憲運動  1012年、長州藩閥出身で陸軍の影響力が強い第3次桂内閣が、議会無視の態度をとったため、新聞や民衆の反対運動が起こり、総辞職に追い込まれた。

 

  • 民本主義  議会を中心に国民の意思に基づいた政治を行うべきだという考え。東大教授の吉野作造が主張し、普通選挙による政党中心の議会政治を目指した。

 

  • 天皇機関説  統治権の主体は国家にあるとし,天皇は国家の最高機関として憲法に従って政治を行うべきだという考え。やはり東大教授の美濃部達吉が主張し、内閣制度に理論的な根拠を与えた。

 

  • 米騒動  第一次世界大戦下のロシアでは、インフレ率上昇や食料不足が進み、首都ペトログラードで起こったデモが、ロシア革命に発展した。これに対して連合国(大日本帝国・イギリス帝国・アメリカ合衆国・フランス・イタリア・カナダ・中華民国)は1918年、シベリアに出兵した。戦争特需における物資高騰を狙った売り惜しみから米価格が急騰したため、安売りを求める運動が富山県から始まり、全国に広まった。

 

  • 政党内閣の成立  米騒動の直後、立憲政友会が衆議院第一党による内閣を初めて組閣した。政党党首として初の首相となった、新聞記者出身の原敬平民宰相と呼ばれた。原内閣は選挙法を改正し、選挙権が与えられる納税額基準を10円から35円に引き下げて、有権者数を増加させた。

 

社会運動と新しい文化

大正デモクラシーの風潮のもと、さまざまな分野で、差別からの解放をめざす社会運動が起こった。男子普通選挙制が実現したのも大正時代のこと。一方で治安維持法も制定され、思想の取り締まりも強化された。

  • 労働運動  賃上げや労働時間の短縮を求める労働争議がしきりに起こる中、 労働者の地位向上をめざして結成された友愛会は、1920年に日本初のメ-デーを開催し、翌年には日本労働総同盟に改称した。1886年5月1日、8時間労働を要求してシカゴを中心に行われた統一ストライキがメーデーの起源。

 

  • 農民運動  小作料の減額を求める小作争議が起き、1922年に日本農民組合が結成され、農民運動を指導した。

 

  • 社会主義活動  ロシア革命の影響で共産主義 (資本は公有、自由競争なし、政府不要との考え) への関心が高まり、1922年に日本共産党が結成された。

 

  • 女性運動  平塚らいてうは1911年に青鞜社 (18世紀ロンドンの文芸誌 Blue Stocking に由来) を、1920年には新婦人協会を結成し、女性の解放や女性の政治活動の自由などを求めて活動した。

 

  • 解放運動  1922年、全国水平社が結成され、部落解放運動を進めた。また、1930、北海道アイヌ協会が結成され、アイヌ民族解放運動を進めた。

 

  • 普通選挙法  第二次護憲運動後の1025年、憲政会の加藤高明を首相とする連立内閣のもとで成立した。納税額による制限をなくし、満25歳以上の男子に選挙権が与えられた。有権者数は四倍になり、全人口の20%になった。

 

  • 治安維持法  1925年に成立し、共産主義に対する取り締まりが強化された。

 

  • 大衆文化  1920年に歌舞伎を本業としていた松竹が映画製作に乗り出し、1922年には「旬刊朝日」「サンデー毎日」などの週刊誌が創刊された。日本で最初のラジオ放送が1925年に流れた。

 

  • 文学  「羅生門」「蜘蛛の糸」を書いた芥川龍之介らが活躍した。

 

  • 関東大震災  1923年に発生し、東京・横浜などが大きな被害を受けた。混乱の中で、朝鮮人や中国人、社会主義者などが殺される事件が起こった。

 

世界恐慌とその対策

  • 世界恐慌  第一次世界大戦で戦場とならず、自動車や住宅産業を中心にバブル経済に沸いていたアメリカで1929年、株価が暴落して急激に不景気となり、それが全世界に広まった。多くの会社が倒産し、失業者が急増した。

 

  • 欧州の対策  イギリスやフランスでは、高い関税をかけて本国や植民地の市場から他国の製品を締め出し、自国だけの経済圏を作るブロック経済政策を執った。

 

  • アメリカの対策  ルーズベルト大統領ニューディール政策を実施、大規模な公共事業を行い、失業者に職を与えた。

 

  • ソ連の政策  社会主義国としてスターリンのもとで五か年計画を実施していたため、世界恐慌の影響を受けずに成長を続けた。

 

ヨーロッパ諸国のファシズム化と日本

世界恐慌の中、植民地を持たず、資源のない国では、民主主義や自由主義を否定した全体主義・独裁的な政治であるファシズムが台頭した。

  • イタリア  ムッソリーニ率いるファシスト党が政権を獲得して独裁体制を固め、1936年、エチオピアを侵略して併合した。1937年には国際連盟を脱退した。

 

  • ドイツ  1933年、ヒトラーが首相になると、ナチス以外の政党を解散させ、一党独裁体制を敷いた。ユダヤ人を迫害し、共産主義者や自由主義者を攻撃した。国際連盟を脱退し、ベルサイユ条約を無視して、再軍備を強行した。

 

  • 人民戦線  ファシズム国家に反対して、フランスやスペインなどで社会主義者、文化人らによって作られた組織。

 

  • 日本経済の行き詰まり  関東大震災の混乱から金融恐慌が起こり、さらに世界恐慌で深刻な不況になり、都市では労働争議、農村では小作争議が増加した。軍人や国家主義者は、満洲は日本の生命線であり、不景気を打開するには積極的に大陸に進出すべきと主張した。

 

  • 政治の行き詰まり  日本は軍縮により国民の負担を減らそうと、1930年、ロンドン軍縮会議に参加し、イギリスやアメリカと協調して軍縮条約に調印した。しかし、軍人や国家主義者がこれに反発し、総理大臣浜口雄幸は右翼の青年に襲われて重症を負い、退陣した。
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