病院の怪

病院の怪

「人工股関節置換術」の手術を受けてから、二週間。

病室での暮らしも慣れたのだが、今夜は、やけに寝付けない。

 

半分開けたブラインドから見える空はどんより曇り、月が雲に隠されてしまった深夜二時、私は何かの気配を感じた。

と、カーテンのすき間から突然、青白い顔が、ぬっと覗いた。

 

ひええぇ~。

 

声にならない悲鳴をあげる私を尻目に、「あれ、部屋を間違えた」という呟きを残し、トイレを済ませたらしい、別室の患者は去って行った。

 

ますます目がさえてしまった。

 

まんじりともせず、天井を眺める私の目に、不可解な物体が映った。

天井になぜか白い紙が貼られているのだが、その奥に、怪しい気配が感じられるのだ。

翌朝、病室へ検診に来たナースに、こっそり聞いてみた。

 

「ねえ、あの天井に貼ってある紙って、裏に御札が仕込んであって、何かの結界を張ってるんじゃないですか ?」

「いえ。ダクトから風が出てきて気になる、と患者さんから話があったので、紙を貼っただけです」

「誰にも言わないから、教えてくださいよ。深夜になると、得体のしれない何かが、天井から降りてくるんでしょ…」

「降りてきませんっ !」

 

つまらないなあ。

 

矛先を変えよう。

 

夕食を済ませた私は、忙しそうにパソコン作業をしている深夜勤務のナースをつかまえて、突撃取材を敢行した。

 

「今までのナース人生で、スピリチュアルな体験ってないですか ?」

「私、そういうの感じないんですぅ。

でも、先輩にはいましたね。

部屋の隅に、何かがいるのを感じる、って言う人が」

 

うーむ、同僚の体験談か。

霊感が強そうに見える別のナースにも、取材を試みる。

 

「病院勤務のなかで、あれは一体何だったんだろうと、今でも不思議に思う事とかありますか?」

「私、まったくないんですよぉ。

でも、先輩にはいましたよ。

誰もいないはずの病室から、ナースコールを受けた、とか」

 

うーむ。

 

アメリカ NASA の研究チームによる調査では、「霊的体験を問われたナースの実に 67.3% が、『先輩の体験談』と断ったうえで、話を始める」との報告があるが… (ホンマかいな)

今回の取材は、それを裏付ける結果にとどまり、具体的なミステリアス体験を引き出すことはできなかった。

 

私自身も霊感は弱い性質なのだが、たまに思い出す出来事がある。

 

11年前、虚血性心不全を患った父は、「経皮的冠動脈形成術」いわゆるバルーン手術を受けた。
手術自体はそれほど深刻なものではなかったのだが、手術中にできた血栓が脳に入り、意識不明となってしまった。

いわゆる植物状態が二月ほど続いた3月下旬、心拍数・血圧が急低下。緊急手術を受けることに。
病室を出て手術室の前に来た時のこと。

 

ベッドに横たわったままの父が、突然、目を開いたのだ。
無表情なまま、ただ、私の顔をじっと見つめていた。

周りの家族や親戚は気づいていないようで、私が声を上げるより先に、父の目は再び閉じられてしまった。

 

「幻だったのかな…」

 

困惑する私を残して手術室に入った父は、そのまま帰らぬ人となった。

 

幻だったのかもしれない…。

 

けれど当時、失業中だった私が飲食店を開業し、さらに宿泊業へと手を染める過程では、いろいろな状況に直面したけれど、あのときの父の目を思い出しては、乗り切ることができた。

 

今回、股関節の手術を受けるにあたり、冬季の金曜日という私の希望と、ドクターの日程が合致して、たまたま1月20日に執刀されたのだけれど、それは11年前、父が手術を受けた日と同じ日であった。

 

そして私の手術は、ドクターから「予定日より早く退院してもいいよ」と言って頂けるほど、順調な経過だった。

 

偶然の符合ではあるのだろうけど、何か不思議な力に守られていたのかな、と思うとき、破れ障子のような心にも、暖かく射してくるものがある。

 

一言、父に礼を言いたいと思うのだが…。

 

晴れた日、病院の食堂の窓からは…

北アルプスの背後に遠く、澄んだ青空まで見通すことができたけれど…

父が行ったところまでは、見えなかった。

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