「ファーとブンチャーが、いいんじゃないでしょうか」
ベトナム北部出身のトゥエンさんが、力強く提案しました。
ベトナム人と日本人が、それぞれの母国語を教え合う「越日サロン」という勉強会を月に1回、世界食堂で開いています。
会の話題はベトナム料理に及び、「料理を通じて、ベトナム人と市民が交流できるイベントを開いたら…」という企画に発展しました。
「イベントでは、どんな料理を出そうか?」
その問いに対する答えが、冒頭のトゥエンさんの言葉です。
「ファーは、お米から作った麺だよね。ブンチャーって何?」
「お米から作った麺です」
「???」
どうやら例えるなら、「ファー」はラーメン、「ブンチャー」はつけ麺 (そうめん) のイメージです。
「麺をおかずに、麺を食う?」
キョトン、とする日本人を見て、「来週、材料を持って来ますので、実際に作ってみましょう」とトゥエンさん。
その結果、出来上がった「ブンチャー・ネム (Bun Cha Nem )」
その迫力を見たとき、私は「ギャッ」と叫んでひっくり返ってしまいました。
繊細な白い麺を、護衛するかのように取り囲む、豚肉の串焼きと、揚げ春巻。
Nemは春巻きの意味。
春巻きは、豚挽き肉・細かくサイコロ切りにしたニンジンを炒め、ライスペーパーで巻いて、低温でじっくり揚げて作ります。
レタスやパクチー・もやしなどの野菜が、砦のようにそびえています。
唐辛子・ニンニクのみじん切りを、ヌクマム・レモン汁・砂糖で和えた「つけ汁」に、これらの具材を浸し、ワシワシと胃袋にかき込む、という寸法です。
パリパリの揚げ春巻きと、酸味の効いたタレ・細い麺の見事なハーモニー。
ブンチャーは単なる麺料理ではなく、幕の内弁当のように様々な具材をあしらった、主役級の料理だったのです。
そういえば 1984年11月、中森明菜さんも歌っていましたっけ。
♪ 赤いニンジンが浮かぶのを
不思議な気持ちで見てたとき
私、ファーとは違うと感じてた
飾りじゃないのよブンチャは ha han
主菜といってるじゃないの ho ho
おかずじゃないのよブンチャは ha han
美味しいだけならいいけど
ちょっと食べ過ぎちゃうのよブンチャは ho ho ho ♪
そして迎えた本日、イベントの日。
春巻きを揚げるフェンさん。
炭火で豚バラを焼くトゥエンさん。
満席となったお客様を前に、フェンさんとトゥェンさんが、ベトナム文化の紹介をします。
ブンチャーとは対照的に、茹でた鶏肉など、あっさりした味付けのファーもテーブルに並びました。
賑やかにイベントは終了。
後片付けをしながら、ファーのスープを煮た鍋を見ると、底には鶏ガラ・レモングラスなど、ダシをとった具材がたっぷり溜まっていました。
この残り汁にご飯を入れて食べたところ、身体の芯まで染み渡る滋味。
それは、ホーチミンであったか、あるいはダナンであったか。
舌先に残る、シンプルな塩とヌクマムの、味の記憶。
10年前に訪れたベトナムの、忘れ難い思い出が甦ってきます。
初めての町なのに、どこか懐かしい。
ちょっと切なさが入り混じった、ベトナムの初印象。
塩味だけに逃げない。
加えたダシが、想像力をかきたてる。
丁寧にダシをとるという、日本と共通の文化が、心の琴線に触れたのかもしれません。
舌に染み込む繊細な味わいと同じく、じわりと心のひだに染み込む、細やかな人情が印象的な、そんな国、ベトナム。