新聞で偶然彼女の死を知った友人が、電話で僕にそれを教えてくれた。
彼は電話口で朝刊の一般記事をゆっくりと読み上げた。
平凡な記事だ。
大学を出たばかりの駆けだしの記者が、練習のために書かされたような文章だった。
何月何日、どこかの街角で、誰かの運転するトラックが誰かを轢いた。誰かは業務上過失致死の疑いで取り調べ中。
雑誌の扉に載っている短かい詩のようにも聞こえる。
「葬式はどこでやるんだろう?」と僕は訊ねてみた。
「さあ、わからないな」と彼は言った。「だいいち、あの子に家なんてあったのかな?」
もちろん彼女にも、家はあった。
僕はその日のうちに警察に電話をかけて、彼女の実家の住所と電話番号を教えてもらい、それから実家に電話をかけて葬儀の日取りを聞いた。
誰かが言っているように、手間さえ惜しまなければ大抵のことはわかるものなのだ。
僕は東京都の区分地図を開き、彼女の家の番地に赤いボールペンでしるしをつけた。それはいかにも東京の下町的な町だった。
地下鉄やら国電やら路線バスやらが、バランスを失った蜘蛛の糸のように入り乱れ、重なりあい、何本かのどぶ川が流れ、ごてごてとした通りが、メロンのしわみたいに地表にしがみついていた。
葬儀の日、僕は早稲田から都電に乗った。
終点近くの駅で降りて区分地図を広げてみたが、地図は地球儀と同じ程度にしか役に立たなかった。
おかげで彼女の家に辿りつくまでに幾つも煙草を買い、何度も道を訊ねねばならなかった。
そんな出だしで始まる「羊をめぐる冒険」は、文芸誌「群像」1982年8月号に掲載され、同年に講談社より単行本化、この作品で著者の村上春樹氏は、第4回野間文芸新人賞を受賞しました。
物語は、妻と別れ、相棒と小さな翻訳会社を経営する「僕」の独白で幕を開けます。
平穏だがどこか空虚な日常は、ある日現れた謎の「黒服の男」によって一変します。男は一枚の羊の写真を突きつけ、「一ヵ月以内にこの羊を探し出せ。成功すれば望む限りの報酬を出すが、失敗すれば君も会社もおしまいだ」と冷酷に告げるのです。
「僕」は、不思議な耳を持つガールフレンドを伴い、失踪した親友と「星を背負った羊」の行方を追って、北の大地・北海道へと足を踏み入れます。
日常が裏返るようなゾクッとする感覚、緻密な日々のディテールが唐突に現れた非現実的な設定に侵食されていく心地よさ。
独特な比喩表現に酔いしれ、加速する物語に翻弄されるうちに、私たちはいつの間にか「村上ワールド」という迷宮の虜になっています。出版直後の40年前に初めて手にしたときは、ファンタジーとミステリーが交錯し、終盤にはスリラーへと変貌する、そのジャンル横断的な新しさにただ魅了されました。
しかし今、改めて読み返してみると、この物語の真髄は単なる謎解きではなく、「個人の魂を飲み込もうとする巨大な力」に抗い、それを拒絶する「人間性」の描写にあるのだと気づかされ、ラストシーンでは、主人公の「僕」と共に泣いてしまいました。
「僕」と共に流した涙は、40年前には届かなかった物語の核心に触れた証だったのかもしれません。
プロローグ 水曜の午後のピクニック
1970年11月25日のあの奇妙な午後を、僕は今でもはっきりと覚えている。
強い雨に叩き落とされた銀杏の葉が、雑木林にはさまれた小径を干上った川のように黄色く染めていた。
僕と彼女はコートのポケットに両手をつっこんだまま、そんな道をぐるぐると歩きまわった。
「ここに来るたびに、本当のピクニックに来たような気がするのよ」と彼女は言った。
落ち葉を踏む二人の靴音と鋭い鳥の声の他には何もなかった。
「あなたはいったい何を抱えこんでいるの?」と彼女が突然僕に訊ねた。
「たいしたことじゃないよ」と僕は言った。
彼女は少し先に進んでから道ばたに腰を下ろし、煙草をふかした。僕もその隣りに並んで腰を下ろした。
「いつも嫌な夢を見るの?」
「よく嫌な夢を見るよ。大抵は自動販売機の釣り銭が出てこない夢だけどね」
彼女は笑って僕の膝に手のひらを置き、それからひっこめた。
「きっとあまりしゃべりたくないのね?」
「きっとうまくしゃべれないことなんだ」
彼女は半分吸った煙草を地面に捨てて、運動靴で丁寧に踏み消した。
「本当にしゃべりたいことは、うまくしゃべれないものなのね。そう思わない?」
「わからないな」と僕は言った。
ばたばたという音を立てて地面から二羽の鳥がとびたち、雲ひとつない空に吸い込まれるように消えていった。我々はしばらく鳥の消えたあたりを黙って眺めていた。
「べつに心を閉じているつもりはないんだ」と僕は少し間をおいて言った。「何が起ったのか自分でもまだうまくつかめないだけなんだよ。僕はいろんなことをできるだけ公平につかみたいと思っている。
必要以上に誇張したり、必要以上に現実的になったりしたくない。でもそれには時間がかかるんだ」
「どれくらいの時間?」
僕は首を振った。「わからないよ。一年で済むかもしれないし、十年かかるかもしれない」
彼女は立ち上がって、コートについた枯草を払った。「ねえ、十年って永遠みたいだと思わない?」
「そうだね」と僕は言った。
我々は林を抜けてICUのキャンパスまで歩き、いつものようにラウンジに座ってホットドッグをかじった。
午後の二時で、ラウンジのテレビには三島由紀夫の姿が何度も何度も繰り返し映し出されていた。
ヴォリュームが故障していたせいで、音声は殆んど聞きとれなかったが、どちらにしてもそれは我々にとってはどうでもいいことだった。
「君が欲しいな」と僕は言った。
「いいわよ」と彼女は言って微笑んだ。
我々はコートのポケットに手をつっこんだままアパートまでゆっくりと歩いた。
その時僕は21歳で、あと何週間かのうちに22になろうとしていた。当分のあいだ大学を卒業できる見込みはなく、かといって大学をやめるだけの確たる理由もなかった。
奇妙に絡みあった絶望的な状況の中で、何ヵ月ものあいだ僕は新しい一歩を踏み出せずにいた。
世界中が動きつづけ、僕だけが同じ場所に留まっているような気がした。目に映る何もかもが物哀しく、そして何もかもが急速に色褪せていくようだった。太陽の光や草の匂い、そして小さな雨音さえもが僕を苛立たせた。
何度も夜行列車の夢を見た。いつも同じ夢だった。煙草の煙と便所の匂いと人いきれでムッとした夜行列車だ。足の踏み場もないほど混みあっていて、シートには古い反吐がこびりついている。
僕は我慢しきれずに席を立ち、どこかの駅に下りる。それは人家の灯りひとつ見えぬ荒涼とした土地だった。駅員の姿さえない。時計も時刻表も、何もない――そんな夢だった。
そんな時期に、何度か彼女に辛くあたったような気がする。どんな風にあたったのか、今となってはうまく思い出せない。
あるいは僕が僕自身にあたっていただけなのかもしれない。
しかしいずれにせよ、彼女はそれが一向に気にならない様子だった。あるいは(極端に言うなら)、それを結構楽しんでもいた。
何故だかはわからない。結局のところ彼女が僕に求めていたのは優しさではなかったのだろう。そう思うと、今でも不思議な気持になる。
空中に浮かんだ目に見えぬ壁にふと手を触れてしまったような悲しい気持になる。
1978年7月、彼女は26で死んだ。
1978年、29歳になった「僕」は、20歳の頃から何一つ変わっていないような停滞感の中にいます。
結婚と離婚を経験し、相棒と設立した小さな翻訳事務所の経営は順調そのもの。しかし、その安定した生活には、常に拭い去ることのできない「退屈」が澱(おり)のように溜まっていました。そんなある日、「僕」は取引先の広告代理店から、ある写真に添えるキャッチコピーの制作を依頼されます。その写真に写し出されていたのは、一人の女性の「耳」だけでした。
その魔力的なまでに完璧な形をした「耳」に、強烈な磁力で引き寄せられた「僕」。カメラマンのツテを頼りに、その持ち主である「耳専門のモデル」の女性へと辿り着きます。
フレンチ・レストランでの彼女との出会いが、静止していた「僕」の日常を、取り返しのつかない非日常へと加速させる引き金となるのでした。
彼女はカメラマンが忠告してくれたとおり、たしかにぱっとしない女の子だった。
服装も顔つきも平凡で、二流の女子大のコーラス部員みたいに見えた。しかしもちろん、僕にとってはそんなことはどうでもいい。
僕ががっかりしたのは、まっすぐにおろした髪の中に耳をすっぽり隠していることだった。
「どうしても君の耳が見たかったんだ」と僕は正直に言った。
彼女は何も言わずにパテとあんこうの肝を皿に取り、ワインを一口飲んだ。
「迷惑だったかな?」
彼女は少し微笑んだ。「おいしいフランス料理は迷惑じゃないわ」
「耳のことを話されるのは迷惑?」
「でもないのよ。話す角度によって、ね」
「君の好きな角度から話すよ」
彼女はフォークを口に運びながら首を振った。「正直に話して。それが一番好きな角度だから」
我々はしばらく黙ってワインを飲み、食事を続けた。
「僕が角を曲がる」僕は言った。「すると僕の前にいた誰かはもう次の角を曲がっている。その誰かの姿は見えない。その白い裾がちらりと見えるだけなんだ。
でもその裾の白さだけがいつまでも目の奥に焼き付いて離れない。こういう感じってわかるかい?」
「わかると思うわ」
「僕が君の耳から感じるのは、そういったことなんだ」
ウェイターがやってきて、テーブルに皿を並べ、別のウェイターがそこに料理を盛りつけ、ソース係がそれにソースをかけた。
ショートからセカンドへ、セカンドからファーストへ、といった感じだった。
「あなたのために耳を出してもいいわ」と彼女はコーヒーを飲み終えてから言った。「でも、そうすることが本当にあなたのためになるのかどうかは私にもわからないの。あなたは後悔することになるかもしれないわよ」
彼女はハンドバッグから黒いヘア・バンドを取り出すとそれを口にくわえ、両手で髪をかかえるようにして後にまわして、一度それをくるりと曲げてから素早く束ねた。
僕は息を呑み、呆然と彼女を眺めた。
口はからからに乾いて、体のどこからも声はでてこなかった。白いしっくいの壁が一瞬波打ったように思えた。
店内の話し声や食器の触れ合う音がぼんやりとした淡い雲のようなものに姿を変え、そしてまたもとに戻った。
波の音が聞こえ、懐しい夕暮の匂いが感じられた。しかし、それらは何もかもほんの何百分の一秒かのあいだに僕が感じたもののほんの一部にすぎなかった。
「すごいよ」と僕はしぼり出すように言った。「同じ人間じゃないみたいだ」
「そのとおりよ」と彼女は言った。
彼女は非現実的なまでに美しかった。その美しさは僕がそれまでに目にしたこともなく、想像したこともない種類の美しさだった。
全てが宇宙のように膨張し、そして同時に全てが厚い氷河の中に凝縮されていた。全てが傲慢なまでに誇張され、そして同時に全てが削ぎ落されていた。
それは僕の知る限りのあらゆる観念を超えていた。彼女と彼女の耳は一体となり、古い一筋の光のように時の斜面を滑り落ちていった。
「君はすごいよ」とやっと一息ついてから僕は言った。
「知ってるわ」と彼女は言った。「これが耳を開放した状態なの」
何人かの客が振り向いて、我々のテーブルを放心したように眺めていた。コーヒーのおかわりを注ぎにきたウェイターは、うまくコーヒーが注げなかった。
誰もひとことも口をきかなかった。テープデッキのリールだけがゆっくりとまわりつづけていた。
彼女はバッグからはっか煙草を出して口にくわえた。僕はあわててライターでそれに火をつけた。
「あなたと寝てみたいわ」と彼女は言った。
そして我々は寝た。
彼女の耳にまつわる描写は、まさに「言葉」という媒体だからこそ成立し得る魔法のようなものです。観る者の想像力を限界まで引き出す、小説ならではの至高の表現と言えます。映像化を拒絶するようなその特異な描写に、村上文学の真髄を感じます。
物語は続きます。9月後半の穏やかな昼下がり。仕事を休み、外界から遮断されたような静寂の中で、「僕」は彼女と共にベッドで微睡(まどろみ)の時間を過ごしていました。
柔らかな光が差し込む部屋で、不意に彼女が頭を起こし、予言めいた口調で静かに語り始めます。
「ねえ、あと十分ばかりで大事な電話がかかってくるわよ」
「電話?」僕はベッドのわきの黒い電話機に目をやった。
「そう、電話のベルが鳴るの」
「わかるの?」
「わかるの」
彼女は僕の裸の胸に頭を載せたままはっか煙草を吸った。
「羊のことよ」と彼女は言った。「たくさんの羊と一頭の羊」
「羊?」
「うん」と言って彼女は半分ほど吸った煙草を僕に渡した。「そして冒険が始まるの」
少しあとで枕もとの電話が鳴った。彼女は僕の胸の上でぐっすりと眠り込んでいた。
僕は四回ベルを鳴らしておいてから受話器を取った。
「すぐこちらに来てくれないか」と僕の相棒が言った。ぴりぴりとした声だった。「とても大事な話なんだ」
「どの程度に大事なんだ?」
「来ればわかるよ」と彼は言った。
「どうせ羊の話だろう」とためしに僕は言ってみた。言うべきではなかったのだ。
受話器が氷河のように冷たくなった。
「なぜ知ってるんだ?」と相棒が言った。
とにかく、そのようにして羊をめぐる冒険が始まった。
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